盛岡タイムス Web News 2011年 2月 3日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉23 古水一雄 第十八 夜学校ニタムプ寄贈ス

 前回に引き続き杜陵夜学會にかかわる春又春の言動を日記の記述の沿ってしばらく追ってていくことにする。「第十八」は5月1日から6月19日の50日間のものである。最初の1ページには「五月作句 壱百十一、作歌 十七」と記されている。
 
   一日 四日法事ノ支度二階掃除ヤ障子
      張リナドニ日暮ラス、夕飯クフ
      テ夜学會ニ出ル、生徒続々来ル、
      余ハ歴史地理ノ心得ヲ語ルツモ
      リデアツタガ遅キタメヤメヌ、
 
  実は日記「第十九」のおしまいから数ページのところに“五月一日”の日付で次のような記述があり、春又春の本音のいったんをのぞかせている。
 
  (五月一日)
    余ハ大勢ノ人ノ前ニ出テシヤベル事
    ハデキヌ性分ダ、シヤベル出キルカ
    出ヌカ実ハ未ダシヤベツテ見ヌガ余
    ハ余ヲ知ル、キツト胸ガドキドキス
    ルニ決マツテイル、
 
  春又春の夜学會講師へのためらいは系統的歴史の知識に対する不安というよりも、むしろ人前で話をすることへの抵抗が大きかったと読み取れる。この文章は8月5日に続いているのだ。なぜ2カ月もたったこの時期に改めて書き記したのか不思議であるが、前後にはかなりの俳句が書かれているところをみると、それまで俳句を整理した際に何かに書き付けておいたものに5月1日の記述があり、当時の心境を思い出して記載したものとしか考えられない。
 
   四日 東風兄来ル(中略)明日カラ杜
      陵学校ノ授業ヲ開始トス、八時
      去ル、
 
   五日 午后、夜学會ニ白墨ノ屑ト雑巾
      ノ古寄附ス、(中略)夜学校ニ
      ラムプ寄附ス、東風兄ノ講義ブ
      リ聞ク、修身ノ時間半途ヨリ
      「つまり、つまりが」ノ語四十
      バカリ数フ、
 
   十日 (前略)夜学會ニ出ル、泉山君
      モアリ、余歴史ヲヤルニ就イテ
      一寸顔出シス、
 
  十六日 (前略)午后東風君来ル、夜学
      會ニ出てくれぐれもことはりふ
      りにたり、申しわけなけれど思
      い切りて出られぬといふ、
 
  十七日 (前略)夜学会に出もせで君に
      対して苦痛でたまらぬから一書
      を送る、君が眼より見たる近頃
      の余ハあまりに元気がないであ
      ろう、ますます青く成つて快活
      でないであろう、
 
  十八日 夕日をまばゆみ宇治ものがたり
      尚よみつゞけ居たに武蔵君来

     る、今日の夜学會に出て呉れと
      の事、廿六日繋行せんとの事な
      ど、
  
  廿四日 夜学會ニ出ル、国語ト英語ヲヤ
      ル九時半帰家、
 
  これまで、夜学會に出ることを拒んでいたはずなのに、なぜ出る気になったかは日記には記されていない。思うに、国語は短歌や俳句で培った知識があり、英語は2年ほどであったが正則英語学校に籍を置いていて幾分自信があったからであろう。何より武蔵君の熱意にほだされたにちがいない。
 
  三十日 ヨベ夜学會ニ出ル、時間割左ニ
      (時間割は省略)
      夜学會ノカエリ風寒ク、帰家シ
      テ頭痛ム、九時ニ早寝、今朝十
      時過ギ起床、
      午飯、塩鮭、茶漬四ワン、玉子
      味噌、夕飯、竹ノ子、凍豆腐汁、
      飯三ワン、
  
  三十一日 午后夜学會缺(欠)勤ノ手紙
      ヲ東風兄ニ出ス、ミソカノタメ
      店忙ノタメ
 
  六月一日 夜学會ニ出ル、国語一時間、
      鵜川君ト詩ノ事語リテカエル、
 
   四日 夜学會ニ出ル、作文ヲ課ス、
 
  十四日 夜学校ニ出ズ、国語ヲナガメテ
      英語ノ時間ヲゴマカシツクス、
      一日春空、
 
  と、まずは夜学会の国語と英語の講師として、どうやら教える立場に身を置くことができた様子である。


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