盛岡タイムス Web News 2011年 2月 4日 (金)

       

■ 〈学友たちの手紙〜野村胡堂の青春育んだ書簡群〉11 八重嶋勲 嗚呼共に泣く汝友よ、汝は我身の友なるぞ

 ■岩動孝久(露子)

     
  岩動孝久(露子)  
 
岩動孝久(露子)
 
  22巻紙 明治32年5月10日付

宛 紫波懇親會福引掛 野村長一
発 紫波郡内 岩動露葉(孝久、露子)

天地有情の夕まぐれ親しき友と手を引かば楽しからまし我が心霞は淡く四方を閉ぢ烟は白ふ立ちのぼる田舎の家の奥えかくれ清き小川の音冴ゆる岸辺のすみれ見つめつつ落とす雫も置く露かそれかあらぬか友情の薄き浮世をいかせん嗚呼共に泣く汝友よ汝は我身の友なるぞ、結ひて消ゆるうたかたのあわれはわれの事ならじ、あらし吹きまく野末にも香ゆかしき白梅やそれぞわれらの事なめり、荒ぶる嵐の一しきり落つる白梅その一輪それかあらぬか友情の薄き浮世をいかにせむ、暗をやぶりて除夜の鐘、古堂に眠る乞児もうてなに眠る公候(侯)も、月に泣くらん乙女子も共に驚くその時や傳へのひびきいつくまで古木頑たる深もりに遠寺の鐘のこもるとも、知らで行(く)らむ乎旅人の嗚呼世は憂ひのつきせぬぞ憂ひ悲(し)み涙まで我に与ふる哀苦痛薄き友情われもまたかしらにのこる恨あり腹にひそめるなげきありあヽわが友は汝ばかりあヽなれこそは我が友よ、
六〇五の事考ふれば考ふ程邪淫に入りて出でず悲しともあわれとも身のいくじなき我を驚き入り待(侍)る、
      露葉子(岩動孝久、露子)より
      露影(野村長一、菫舟)様 江
     明治三十二年五月十日
       露葉(岩動孝久、露子)より
         野村長一様
          五月十日発
福引の件其道には空虚なる頭脳を絞りて十位は晩迄に是非参上仕らん事なり。投稿催促は盛んに申すべく、それがしも小車輪以上の勉強は仕支ず有様其時編輯者のも亦勉強を任じられたし、
義太夫の件一も二もなき大賛成日曜日の夜は君か中に一夜をかり申さん覚悟なり聞くべしきくべし柳准君の承詫双手を挙げ、足の踏む所を知らざる程愉快なり、以上早々
 
         露 子(岩動孝久)
     のむらさま
      おんもとへ
 
  【解説】「紫波懇親會福引掛 野村長一」宛ての手紙であるので、紫波高等小学校同窓の懇親会であろうか、日詰あたりでの開催か。その会に出席する旨の手紙のようである。

  「天地有情の夕まぐれ親しき友と手を引かば楽しからまし」「あヽわが友は汝ばかりあヽなれこそは我が友よ」と友は君だけであると強調しているところは終生の親友を暗示している。「六〇五の事考ふれば考ふ程邪淫に入りて出でず悲しともあわれとも身のいくじなき我を驚き入りは待(侍)る」は、野村菫舟、岩動露子らが中心となって興した回覧雑誌「六〇五」は、盛岡中学に文学旋風を興したという。その編集なり原稿についての悩みを述べているものであろう。
(紫波町彦部公民館長)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします