盛岡タイムス Web News 2011年 2月 9日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉215 伊藤幸子 阿古屋

 玉三郎扮する阿古屋うつくしく琴弾きしのち胡弓奏づる
                      山田ひさ子
 
  「景清を慕ふ阿古屋が奏でゐる琴の音かなし琴責めの段」とも詠まれ、歌舞伎「壇浦兜軍記」阿古屋の場面描写である。平成20年1月3日に91歳で世を去られた東京の山田ひさ子さんは戦前の国文科出身の典雅な教養に満ちた臈(ろう)たけた歌人だった。

  きょうは盛岡で映画「わが心の歌舞伎座」を見た。芝居町のたたずまいと数々の演目、役者さん、スタッフ、大道具さんや床山衣裳裏方さん奈落の底まで全部見せてくれる集大成に惹き込まれた。なんといっても、去年4月30日でとりこわされたのだから、人も建物もロビーの空間にもなつかしさがこみ上げる。

  玉三郎の「阿古屋」を私が見たのは平成12年の初春大歌舞伎だった。平家の勇将、平景清は源頼朝暗殺を企てるが果たせず姿をくらましてしまった。その景清詮議の指揮をとるのが秩父庄司重忠(中村勘九郎)。この重忠は景清の愛人阿古屋に縄もかけず、拷問もしないで三種の楽器を並べ、順に弾けと命ずる。

  琴、三味線、胡弓。絃や管の楽器は邪心があると音色が狂うこと、即ち阿古屋が景清の居場所を知っていれば必ず音が乱れるはず。一心不乱に弾く阿古屋の心情に嘘はなく、神韻縹渺(ひょうびょう)たる三絃の音色に魂を揺さぶられた。正真正銘の生演奏、玉三郎さんは二十歳ぐらいから三曲を歌右衛門さんの指導で習われたという。中でも三味線が一番むずかしく、演奏に気をとられて、景清を慕う気持ちが稀薄にならぬようつとめられる由。ぴんと張りつめた名人芸の披露のあいだ、じっと同じ姿勢で聴く勘九郎(今は勘三郎)さんの息遣いにも見惚れた。舞台は生(なま)もの、もう一度見たいと思う場面がいっぱいある。今回、まさに願っていた琴責めの阿古屋を大映しで詳細に見られて最高の感激を味わった。

  歌舞伎座完成まで3年、といってももう1年たとうとしている。閉場式にはあんなに生き生きと張りのあるお声だった中村富十郎さんが1月3日、81歳で逝かれた。一昨年「もう飛び六方はむずかしい」と言いながらもみごとにつとめられた「勧進帳」が見納めになった。本当に映像でない真の天王寺屋さんを、新装の日の歌舞伎座でもう一度見たかった。
(八幡平市、歌人)


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