盛岡タイムス Web News 2011年 2月 12日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉198 岡澤敏男 タネリのでまかせの唄

 ■タネリのでまかせの唄

  風景や景観は地域の文化を映し出すものだという。岩手山麓〜滝沢エリアの自然は、青春期の賢治文学をひきたてる文化景観として数多くの作品を構成してきました。

  そのなかで、とりわけ柏‖オークという樹木の出現頻度数(66回)は著しく、このエリアに独自の関係をもつ個性的な存在として注目され、かねてより筆者はこの文化景観を指して〈オークランド〉と名づけてきました。

  童話「タネリは」においても、岩手山麓の早春の構成要素の中で少年タネリの心を最初にひきつけるのが四本の柏だったことに注目されます。もっとも「タネリは」の先駆作品の「若い木霊」では六本の柏の木となっているが。

  雪に閉ざされた冬から解放されて明るく輝く早春の野原に誘われるタネリに母親が「森へは、はひって行くんでないぞ」と注意するが、返事する暇もなく飛び出して行ったタネリを柏の木が無言で迎えるのです。

  若い木霊もまた新しくなった自然に侵入して行き最初に出会うのが柏の木で、これらは決して偶然なことでなくある意図を持った手法なのです。

  柏には神が交霊する樹木としての寓意をもっており、若い木霊が「柏の幹に一本づつすきとほる大きな耳をつけ」たり、タネリが柏の木に「来たしるしだけつけとくよ」と枯れ草の草穂を四つ結び目をつけたりしたのも、陰気な森(異界)の誘惑に対する免罪符という意味を暗示しているのです。

  この童話の冒頭にタネリにでまかせの唄をうたわせています。

  山のうへから、青い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに北風カスケ…
  崖のうへから、赤い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに北風カスケ…
  森のなかから、白い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに北風カスケ…
  洞のなかから、黒い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに北風カスケ…

  賢治はこの唄を「でまかせ」と書いているが、陰陽五行の配当表によって藤蔓の色から方位を指示する唄と分かります。

  それによれば木火土金水の五気(五原素)に色彩・方位が次のように配列されている。木|東|青、火|南|赤、金|西|白、水|北|黒。この配当によって青は東、赤は南、白は西、黒は北の方位を示していると解読される。なお五気のうち土の方位は中央を指すもので、タネリ親子が住む家の位置とみられます。タネリの家はたぶん一本木の集落にあったと想定される。

  藤織を10反織るには一尋もの藤蔓を山から500本から600本も伐ってこなければならないという。「でまかせの唄」は藤切りの労働歌で東の山とは姫神山、南の崖とは烏泊山、西の森とは七つ森、北の洞は三森山〜焼走溶岩流辺りを指しているのでしょう。

  何反を織るのか不明だがフジ織の必要量を満たすには、これだけ広い地域でもなければ採取が間に合わないと思われる。

  ところでタネリは四つの丘を越えて陰気な森へと向かったが、その森の所在はどこなのか。タネリの足取りをたどれば第一の丘では残雪、第二の丘ではミズバショウ、そして第三の丘では大きな白い鳥(鴇)に出会っている。いずれも「白」↓西方を表象するところから、この森は西方に所在すると推定されます。

 ■童話「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」(抜粋)

  向ふにはさっきの四本の柏が立ってゐてつめたい風が吹きますと、去年の赤い枯れ葉は、一度にざらざら鳴りました。タネリはおもはず、柔らかになりかけた藤蔓を、そこらへふっと吐いてしまって…大きな声で言いました。

「おい、柏の木、おいらおまへと遊びに来たよ。遊んでおくれ。」この時、風が行ってしまひました。柏の木は、もうこそっとも言わなくなりました。

「まだ、寝てゐるのか、柏の木、遊びに来たから起きてくれ。」(中略)

  それでも柏は四本とも、やっばり音をたてませんでした。タネリは、こっそり爪立てをしてねその一本のそばへ進んで、耳をぴったり茶いろな幹にあてがって、なかのやうすをうかがひました。けれども、中はしんとして、まだ芽もうごきはじめるもやうがありませんでした。
「来たしるしだけつけてくよ。」タネリは…そこらの枯れた草穂をつかんで、あちこちに四つ、結び目をこしらへて、やっと安心したやうに、また藤の蔓をすこし口に入れてあるきだしました。(以下略)

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