盛岡タイムス Web News 2011年 7月 4日 (月)

       

■ 〈昭和30年代〜ぼくの東京〉藤田祐二郎 近藤勇の墓

     
   
     
  幕末の英雄も最後は薩長のニックキ敵として板橋の刑場で、武士の切腹ではなく罪人として斬首、首は京都へ運ばれ、さらされた。胴体は刑場近くの赤羽線(埼京線)板橋駅前に葬られた。明治になり元隊員だった永倉新八が発起人となって明治9年5月に墓石を造立した。関東では人気が高いので、今でも墓参をする人が絶えない。

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