盛岡タイムス Web News 2011年 7月 7日 (木)

       

■ 〈お父さん絵本です〉362 岩橋淳 かさ

     
   
     
  御年90を超えてなお現役・太田大八画伯の、代表作のひとつです。その長い画歴の中で、多様な技法、多彩な作品が発表された中、シンプルな描線の本作は、異色作のひとつ。

  大人用の大きな傘を抱えて雨の街をひとりゆく、女の子。無人の公園を過ぎ、池のアヒルを眺め、橋の下をゆく貨物列車を見送り…、ともだち母子と行きあってあいさつを交わしたほかは、女の子が言葉を発した気配はありません。実は、この作品そのものにいっさいのせりふ、擬音は省かれていて、テレビのリモコンで「消音」したかのように、場面は展開してゆくのです。

  いや音だけでなく、色彩も白黒の濃淡で表現されており、唯一、女の子のさしている傘だけが真っ赤に彩色されていて、これは往年のクロサワ映画ばりの演出。傘を持たない「だれか」を迎えにゆく女の子の使命感、不安、うれしさなどの心情を代弁する「影の主役」でもあるのです。

  女の子が歩を運ぶのは、住宅街を抜けて、ビル街の映画館、大きなショー・ウィンドー、ロータリーのある駅前。高度成長期の、けれど今から見ればどこかのどかな都会の風俗を垣間見るのも、楽しさのひとつです。

  駅頭、無事に会えたお父さんとの帰り道。往路ちょっぴり気になっていたケーキ屋さんでお土産を買って、赤い傘を畳んでの相合い傘もうれしい、女の子なのでした。

 【今週の絵本】『かさ』太田大八/作・絵、文研出版/刊、1155円、(1975年)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします