盛岡タイムス Web News 2011年 7月 10日 (日)

       

■ 〈あなたへの手紙〜詩人のポスト〉森三紗 わが高田松原


泣いていないのに涙が流れている
わたしの頬に留まっている止めどなく
わが心の高田松原よ
去年身罷った母は夏の海はとても素敵だから行っておいでと
高田松原に行くことを勧め
私たち姉妹をバス停まで見送った
小学生のわたしたちには長い旅だった
大船渡の盛権現堂の味噌醤油屋に叔父は勤めていた
そこに一泊して海水浴に出かけたのだった
叔母がわたしたちを連れて行ったのだった
初めてみた海は優しく迎えてくれた
夏の日本百景の浜辺
そよ風が松原に吹き 松たちはそよぎ 私たちのこころもそよぐ
とてもみごとな松と浜辺が織りなす景色だった
わたしたちは嬉しさいっぱいではしゃいでいた
戦(いくさ)の後で物が不足して着る子ども用の海水着などなく
小さなシュミーズを着てズロースをはいて犬かきをして泳いだ
凪いでいる海と松原がわたしたちを見ていた
太陽はさんさんとして海辺に反射して
海は真珠色に輝いていた
遥かに太平洋の水平線が見え
深呼吸すると体中憧れの青い海で満ちた
灼熱をものともせず波とじゃれて遊び
疲れると砂浜で砂のお城を造って遊んだ
松はわたしたちに幸あれと応援し緑が拡がり
浜辺の松原はどこまでも続いているように見えた
昼には海辺で塩をまぶしたお握りを食べると
松は私たちに寄り添う蔭のようにすずやかに日蔭をつくった
この世で一番美しくおいしかったお昼ごはんだった
わが心の高田松原よ
3月11日午後2時46分の大地震で
大津波が起こり陸前高田市を襲った
海は豹変し津波となり壁や塊や濁流となりたくさんの命を呑込み
あっと言う間に悲しみと思い出のがれきの荒野と化した
そして松原の赤松や黒松七万本の松達はなぎ倒され
漂流しどこに流れついたのか
松原は陥没し一面の海になってしまった しかし
たった一本の松だけが生き残った
  一本松よ
根こそぎ消えた他の松たちの分まで生きてわたしたちを励ませ

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