盛岡タイムス Web News 2011年 7月 13日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉237 伊藤幸子 クモとともに

 大蜘蛛とともに住み古る木の家の絶えて厭はしといふにもあらず
                            安立スハル

  わがやではクモは家族のようなもの。ことに夏場はいたるところで存在感を示し、あるじが殺戮行為に及ばないことを察知して暗躍する。けさも、いきなり玄関ででくわした。それも私の顔をねらって巣を張っていたか、じんわりとまぶたに白い糸がかかった。

  「これ、わらわは弓の名人などにはならぬぞ」と一笑、如何にも古い「名人伝」を、こんな起きぬけの場面で再現している自分がたまらなくおかしい。私の語りぐせが始まった。

  古代中国趙(ちょう)の都に住む紀昌(きしょう)という男、天下一の弓の名人になりたくて、名手飛衛の下に入門した。この修業が笑える。まず、まばたきをせざること。紀昌は帰宅するや、妻の機織台の下にあおむけになり、マネキと呼ぶ道具が目とすれすれに上下左右するのをじっと見つめる。二年間もこの修練をするうち、彼のまぶたは閉じるべき筋肉の使用法を忘れ、やがて両のまつげの間には小さな蜘蛛が巣をかけるに至った…。昭和17年発表の中島敦絶筆の「名人伝」である。のちに賞賛される芸の深遠云々よりも、私には蜘蛛が巣を張る目の話が忘れられない。

  ひとしきり蜘蛛たちとの会話を楽しんで、机上を見ると「金輪際わからぬといふことだけがわかり居るのみ六十五となる」の一首を引き、ぶあつい「安立スハル全歌集」が開かれている。私は自分の65歳の誕生日に、コメントをつけるつもりだったのが過ぎてしまった。

  あんりゅうスハルさん、本名で生まれた時から変わらず。大正12年京都生まれ、16歳頃から作歌。18歳にて「多麿」入会。22歳の時、画家の父上逝去。このころから肺結核で長期療養に入る。

  私が入会した昭和43年ごろは体力的にも充実され、歌壇、新聞選者等に大活躍で、全国大会などでも遠く仰ぎ見る存在の方だった。

  でも作品がちっともとりすましたところのないなんとも新鮮な発想でユーモアがあり、比喩も卓抜で一度覚えたら忘れられない歌が多かった。「馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る」安立作品代表歌。「いつもいつも善き人なればむらむらと厭ふ心湧けりああすべもなし」そして「長生きをするといふのは知る人がどしどし死んでゆくといふこと」97歳の母上を看取られた感慨もこめ、自身は生涯独身で平成18年、83歳にて永眠。「大空に星の逢ふ夜ぞ花活けてこんな古家も美しくなる」大蜘蛛とともに住み古る家の縁側で、今生の星の逢瀬をご一緒に眺めたかった。
(八幡平市、歌人)



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