盛岡タイムス Web News 2011年 7月 15日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉33 八重嶋勲 「友よりの消息のみ力なり」と…

 ■瀬川 深
  57 巻紙 明治34年8月11日付
宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一様
発 和賀郡江釣子村上江釣子 瀬川 深
 
「唯友よりの消息のみ力なり」と仰せられしは阿まり尓以たましきみ言葉…、実尓處いたらき尓ふせられし兄のわきて田舎の事尓しに阿れば淋しくおほ須めさるゝもことわりにておのれやめる身ならねどそゞろ田舎の淋しきをおもはれて一時もはやく盛岡尓出て久しく会はさりし友とちと語はむときのまたれはべり、いかてまかつみのかくはあらふらむ先き尓可ほるの君の以たいきにあらせらるゝを云ひ古それ、今日はまた 兄か病の床尓ふせられて他のす古や可なる人々をうらやませ玉ふよし、いたましさなけるはしさつねつね世をあぢきなくおもひおりしわれの一しほ尓いとはしく、うたゝ涙もとゞめあへよし、阿つさてほはけしき今日此頃御静養古うかなめ尓候はめ」秋立ちけらし庭もせのきりぎりず古ゑもあはれ尓なきそめ候とおもほえば、朝な夕なるは杜鵑の血尓なく古ゑ老ひし鶯のなくねのきゝなされ、まかきの桔梗、萩の咲くと見れば又芍薬の匂へるなりて夏ヤ秋ヤ晩春ヤ実尓淋しきな可るもおかしきは田舎のすまひ尓はべり、さはれしたしき友もなく涼風茂き庵の獨居の軒の蜩なく音きゝてし□またなくかしましき心地すはべりハ軒の釣葱葉もおひしげり背戸のきびみのり早稲田の初穂そよ風尓ゆらぐ、あゝ秋立ちけらし秋立ちからし、」おのれさき小日友かきと旅し候ろも近きわたり尓て、仙人水沢の鑛山沢曲の温泉に候ひき、鑛山はさまでにとりたてゝ記すべきはなけれど、仙人山よりの可へるさ人当(ひとあて)てふ宿尓一夜をよりねしたる時尓は宵の程よりさし登る月影さや可尓てあたりの山々あまり尓黒く和賀川の渕の音さやけき尓誠山家の月を初めて見る我の物めつらしくおほはれてその夜は寝てす古し候、 夜半外の面尓出でゝ和賀川辺尓至れる尓遠ち近ちの早瀬の波にうつれる夜振する灯の実尓うれしくはべりし、あけかたのすゞけさはまた一しほ尓て霧深うたち古めたる山々の谷合ひより杜鵑、鶯なとの古ゑのもれ来るもあはれまたなく興しはべりき、沢曲の温泉には田舎もののおのれさへま古と驚き申候、その旅宿の不汚 湯壷の不汚なること極まりなく、西の大国某の家居とよりヤかくまでとおもはるゝ様に候ひしかば永の湯治堪ゆべくもあらず、わづか古らへ尓くて、三日足をとゞめて急き逃け帰り候、唯その旅宿のおのれらか室尓は雨戸なきに頃しも文月の半はなりなれば障子あけはなち寝なからに月見せし古ろ興なりけれ、露子の君には野辺地に於て自炊とヤら、例の洒落なる君の無邪氣なる風采ういらまのあたり尓現はる心地してよりくるひとりほゝ江まるゝ事有之候、
尊き御きみ歌たしかに拝受致し候、いまた いつれの君も歌はいたし玉はず候、
「暁鐘」拝見を仰せ付けらるゝ由、うれしくうれしく今からその日のまたるゝ心地しはべり、なほのぞみあらはいひ古せとの仰せま古とにかたちけなき勿体なきみ言…さらば日頃したしみまいらせしよしみにまかせ且つはかゝるみ言の葉のま尓ま尓御ねき申したきは「己が罪」「酔人の妻」「金色夜叉」「思ひ出の記」の中いつれなりとも拝見仰せ付けられたき事に候、最もこれはおのれ意のまゝのふるまひ尓候へば、御さしさはりあらせられ候節はいつなりともよろしく候、次尓俳文とはいかなるもの尓候ものか、何卒御平か須尓は候めれどおのれ出盛致し候節尓ても宜しく候間、御教へ被下度候、先の日おのれ家尓あらぬとき「すなほ」の君のとはれられ候由、ま古と尓残念に候ひし、兄にも御病御快癒尓も趣かせられ候はゞほんの草庵尓候へど御いてなし被下度候、今宵は雨ふり出で稲妻もはげしく候、蚊は多く候へとも冷し夜尓候、きりぎりすは庭面の方尓かすかにき古江おり候、永々しきつまらぬ此の文いと失礼尓候へど筆尓まかせてかくなんはべる、唯くれくれも御病のみは御保養御第一尓候、頓首
                万水記
    右近兄
  俗事 多端尓付き健康の身も 旅も作句も作詩歌も出来す候、
 
  【解説】文字が小さく、細く、その上女性のごとく柔らかな筆致でとても読みにくい書簡。しかも文体が古く、読み取り困難で文がつながらないところが多い。瀬川深は、石川啄木の親友。明治18年、江釣子村生まれで、盛岡中学校を明治37年卒業。啄木の1年下である。長一からは2学年下。後に医師となった。

  「露子の君には野辺地に於て自炊とヤら、例の洒落なる君の無邪氣なる風采ういらまのあたり尓現はる心地してよりくるひとりほゝ江まるゝ事有之候」は、やはり、岩動露子が野辺地で挿雲君と自炊していることに触れている。

  そして、長一から「暁鐘」「己が罪」「酔人の妻」「金色夜叉」「思ひ出の記」などの読物を借りたいと願っている、文学仲間なのである。長一は、この頃「右近」の号を使っている。そして、お互いに体調を崩している様子である。


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