盛岡タイムス Web News 2011年 7月 16日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉220 岡澤敏男 黄金(きん)いろのヤドリギ

 ■黄金(きん)いろのヤドリギ

  賢治は寒の戻りの雪嵐を、擬人化した「雪婆んご」と配下の「雪童子」「雪狼」によって、風雪を降らすさまを卍巴(まんじともえ)にからみあう齣落し(こまおとし)によって、まるで動画的シーンのようにドキュメントに描いています。それゆえに和田利夫氏が「光彩陸離」と称賛したのでしょう。

  この齣落しのなかで特に注目されるのは、雪婆んばが雪わらすたちに「さあしつかりやつてお呉れ。今日はここらは水仙月の四日だよ。さあしつかりさ。ひゆう。」と督励する場面です。

  この雪嵐を「水仙月の四日」だから「しつかりやつてお呉れ」と呼び掛けているのは、この日が「特異日」であることを賢治がはっきり明示しているのです。

  雪婆んごは赤い毛布(けっと)の子どもがうつむけに倒れているのを見て「おやおかしな子がゐるね、さうさう、こつちにとつておしまひ。水仙月の四日だもの、一人や二人とつたつていいんだよ。」と、雪嵐の特異日に遭難死する不条理を衝いています。

  赤毛布の子どもは、カリメラづくりのことを考え、雪原の道を親から離れて一人で家に向かっていたのです。カリメラに夢中できょうが特異日であることを忘れていたとみられます。とうとう雪に埋もれ遭難するが、翌朝になって駆けつけた父親が雪から出ている子どもの赤い毛布の端を見つけ、無事に救出されることを予感させがら童話が終っている。

  雪婆んごが「水仙月の四日」だから「一人二人」遭難死させてもよいと命じるが、雪童子は赤い毛布の子に予め魔除けの呪力を与えています。それは黄金(きん)いろの「ヤドリギ」にある呪力で、雪童子は「象の形の丘にのぼり」栗の木に寄生する「美しい黄金いろのヤドリギ」の小枝を子どもに投げやったのです。

  雪に埋もれても子どもは「ヤドリギ」をしっかりもっているのを見た雪童子は泣きそうに感動するのです。賢治が「黄金いろのヤドリギ」に魔除けの呪力を着想したのは、あきらからフレーザーの『金枝篇』によってヤドリギが呪力をもつ意味を知っていたからとみられます。

  「金枝」とは「黄金いろのヤドリギ」を指しているのです。古代ヨーロッパではカシワを森の王として崇拝されていたが、カシワに寄生するヤドリギにはカシワの霊力が宿ると信仰されていたらしい。しかし岩手山麓にはカシワに寄生するヤドリギなどはなく、一般には栗の木に寄生するヤドリギが多く見かけられ、賢治は「水仙月の四日」以外にも「四本の栗が立ってゐて、その一本の梢には、やどり木の黄金いろをした、立派なまりがついてゐました」(「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」)「次の丘には栗の木があちこちかゞやくやどり木のまりをつけて立ってゐました」(「若い木霊」)などと栗の木のヤドリギを描いているのです。

  なお大伴家持に「あしびきの山の木末の寄生(ほよ)取りて挿頭(かざ)しつらくは千年寿くとぞ」(万葉集巻十八・四一三六)の歌がある。この歌は天平勝宝2年(750年)の詠草で、古代には日本に長寿を信仰してヤドリギの小枝を髪に挿す風習があったらしい。東洋にもヤドリギが魔除けの呪力を宿す伝承のあったことを示す貴重な一首とみられる。

  特異日である「水仙月の四日」の雪嵐に遭難してしまう子どもの生命は、雪童子が象の形の丘から呪力をもったヤドリギの「金の枝」を採取し、赤毛布の子に与えたことによって守られたのです。

 ■「金枝」とは黄金のヤドリギ

  寄生木(ヤドリギ)がなぜ「金枝」と呼ばれたか、|寄生木の実のうすい黄色は、その名を説明するには不十分である。ウェルギリウスは、その植物は葉ばかりではなく幹もすべて黄金色だと言っているからである。おそらくその名は、寄生木の枝を切って数カ月とって置いた時に生ずる見事な金色がかった黄色に由来するものであろう。この輝かしい色は葉だけではなく柄にまで及び、ために枝全体が真に「金枝」の観を呈するようになるのである。ブルターニュの農民はその小屋の前面に大きな寄生木の枝を掛けて置くが、六月の頃ともなればこの枝の豊かな葉が黄金色に輝くので、ひときわ目立って見事である。ブルターニュの諸地方、とくにモルビアンあたりでは、馬や牛をたぶん魔力から護ってやるために、馬小屋と牛小屋の入り口にそれを掛けて置くのである。‖フレイザー著(永橋卓介訳)『金枝篇』(第68章「金枝」より)抜粋

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