盛岡タイムス Web News 2011年 7月 23日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉221 岡澤敏男 象の頭の形をした丘・燧掘山

  ■象の頭の形した丘・燧堀山

  春を呼ぶ低気圧である〈春一番〉が東方の洋上に通り抜けると、冬を呼び戻す低気圧に変わって雪嵐をもたらす〈寒の戻り〉が訪れるという。しかもその気象状態が特定の日に現れるという地区がある。

  賢治は岩手山麓地区(オークランド)では4月4日がその雪嵐の特異日であることを周知していて「水仙月の四日」を発想したものでしょう。このなかに出てくる〈象の頭の形した丘〉は「水仙月の四日」のほかに「ひかりの素足」、「若い木霊」にも見られる。

  いったい〈象の頭の形の丘〉とは、どこに所在する丘なのか。賢治は作品の中にその所在の手掛かりを暗示する描写を残しているのかもしれない。

  まず「水仙月の四日」では、丘の上から「白と藍いろの野はらにたつてゐる、美しい町をはるかにながめました。川がきらきら光つて、停車場から白い煙もあがつてゐました」とあるが、白い煙を上げる停車場とはおそらく盛岡駅で、きらきら光るのは雫石川とみられる。

  岩手山麓でこうした景観を眺望できる丘(山)は、400〜500bクラスの沼森、石ケ森、鬼古里山、燧堀山のいずれかなのでしょう。

  はたして〈象の頭の形〉した丘はどの山がモデルなのか。その有力なヒントが「ひかりの素足」第3章の「うすあかりの国」に察知されます。その国に「瑪瑙」の野原、顔の赤い「鬼」が出現する事例から、「うすあかりの国」というのは「鬼越の山の麓の谷川に瑪瑙のかけらひろひ来たりぬ」と中学時代の賢治が詠んだ短歌と通底している空間であることが暗示されます。

  一郎、楢夫兄弟が「大きな象のやうな形の丘」の中腹をまわり鬼越峠に行く途中で、激しい吹雪に遭遇し楢夫を抱いて眠る一郎に幻想されたのは「うすあかりの国」という異界でした。この異界の国の空間とは明らかに鬼越峠周辺を指しており、これらから賢治が比喩した〈象の頭の形の丘〉とは鬼越峠を境に対峙する鬼古里山(444b)か燧堀山(466b)のいずれかであるとみられる。そしてどちらが〈象の頭の形〉に相応するかは、両者の山容によって想定されるものと考えられる。

  ところが鬼古里山の山容は、山頂部が三つに分かれているのでまとまりがなく、とうてい〈象の頭の形〉とは縁遠い印象がある。一方の燧堀山は連なる滝沢の里山スカイラインにおいて、緩やかな円錐状の山容が目立っており、盛岡市内の側からも網張温泉側からもこの円錐状の山容がよく判別されます。賢治が〈象の頭の形の丘〉を、この燧堀山の大きな円錐状の山容からイメージしたとしても不思議ではない。

  このように〈象の頭の形の丘〉に燧堀山を比擬したのであれば、地形上からみて三つの童話にどんなシチュエーション(設定された場所や道路など)が透視されるのか。

  「水仙月の四月」の子も「ひかりの素足」の一郎、楢夫兄弟も、炭焼きをする父親の山小屋に土曜日に訪れ一泊すると設定されている。また「水仙月の四日」では伏せている炭焼きの山小屋の場所は「ひかりの素足」では第一章「山小屋」に詳しく描写されている。

  それによると炭焼き小屋の前に「谷川がごうごうと流れ」ているらしい。描写された情景を読み取って地形上に照合すると、どうやら山小屋の所在は鬼古里山と大森の山峡を流れる金沢のほとりに設定されているものらしい。そして物語は、この山小屋を起点とし展開していくのです。

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