盛岡タイムス Web News 2011年 7月 23日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉6 鈴木幸一 科学はシルクを食べられるようにした(1)

  人類史上シルク(生糸)を初めて食べることに挑戦した科学者がいます。

  故平林 潔博士は、研究者なら誰でも知っている方法で、シルクを加熱した塩酸で分解し、食べられるシルク、すなわちシルクの粉末化に成功しました。

  養蚕の起源は5千年以上前の中国で、わが国に伝わったのは2千年前の弥生時代と推定されています。人類は養蚕をシルク生産のための産業として起こし、衣料の素材に長い間活用してきましたので、シルクを食品素材として考え実現した人はいませんでした。

  シルクはタンパク質の一種ですから、動物性で栄養に富む鶏卵や、魚肉、豚肉と同じように食べてもよいはずです。ではどうして、人類はシルクを食べようとしてこなかったのでしょうか。シルクがタンパク質であるということを知らない先人は、姿形は生糸で、麻糸、木綿糸と同じであり、生産の目的は何れも衣料の素材としてのみ利活用するので、この常識からはみ出すことはなかったわけです。平林博士は消えゆく養蚕業を何とかしなければという使命感と簡単なタンパク質分解法を組み合わせることで、昔だったら奇人変人扱いから日が当る立場になりました。

  通常のタンパク質は、20種類の天然アミノ酸から構成されています。魚肉だろうが、豚肉だろうが、はたまた大豆のタンパク質であろうが、20種類のアミノ酸の構成が異なるだけで、食べて小腸から吸収される時は一個一個のアミノ酸に分解されています。ところが、シルクタンパク質(生糸として利用しているタンパク質はフィブロインタンパク質と呼びます)は、水に溶けませんし、無理して生糸や生糸になる前の繭(まゆ)を食べても消化されずにそのまま排泄されます。しかし、平林博士の斬新な発想でシルクタンパク質は吸収されるタイプの粉末状アミノ酸混合物へと変貌し、シルクが食べられる時代になりました。

  さて、このシルクタンパク質は、主にグリシンというアミノ酸が43%、アラニンというアミノ酸が33%を占める栄養学的にはとてもアンバランスなタンパク質で、もしお米、野菜、シルクタンパク質だけで食生活を送ると、たちどころに病気になります。わが国の科学者のユニークなアイデアで、食べられるようになったシルクをタンパク源として利用するのではなく、機能性食品としての価値を見つけ出すことが岩手大学の重要な課題になります。 (岩手大学農学部応用昆虫学研究室教授)

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