盛岡タイムス Web News 2011年 8月 1日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉30 照井顕 山内洋のメモリーズ・オブ・ヨウ

 ピアニスト・エディ・ブレイクが、1930年に作曲した「メモリーズ・オブ・ユウ」という曲がある。ベニーグットマン物語で有名になった曲だが、まるで、そのタイトルをもじったかのような「メモリーズ・オブ・ヨウ」という副題のついた「こころ」というプライベートなCDが僕の手元にある。

  演奏しているのは、「メモリーズ・オブ・ユウ」が作曲された年に生まれ、2003年74歳で亡くなるまで、現役でピアノを弾き続けた山内洋さん。1950年代からNHK盛岡放送管弦楽団。NHKのど自慢の伴奏。IBC岩手放送ニューサウンズなどでリーダーシップを取って活躍し、後年には、ホテル東日本の専属ピアニストとして演奏した人。岩手、職業演奏家の草分け的存在。

  1987年からは、毎年ファミリーコンサートも開催していた程、山内家は音楽一家。奥さん路子さんが歌。長男・協(かのう)さんはドラム(95年横浜ジャズコンペでグランプリ)。彼の奥さん、麻美さんは(キーボード・ベース)。その娘由衣さんは、小学6年の時、NHKのど自慢でゲスト賞。長女・麻里さんと、その娘千絵さんはピアノ。次女・薫さんは(vo)。次男・純一さんの奥様洋子さんと子供の愛子、菜々子さんは共にピアノをやり、菜々子さんは、昨10年11月、5歳でヨーロッパ国際ピアノコンクール・インジャパン全国大会の未就学児部門で最高賞の金賞に輝いたのです。

  かつて洋さんの母が盛岡の旭橋の近くで営んでいたという旅館「千代荘」。その山内家の一室を借りて暮らしながら、山内洋さんのバンドでフルートを吹いていたという、オーストラリア在住の中村由紀子さんという方から、最近メールが届く。

  盛岡以降東京に10年。シドニーに10年、ゴールドコーストに20年移り住んでなお、山内洋さんに言われた「お前は度胸はないが、いい音を出す」の言葉を宝物とし、今も、フルートを吹いているという。

  「あれがファミリーでの最後の演奏会になった」とドラマーの協さんが言ったのは、2001年12月15日の山内路子オフィスのクリスマスパーティーのことだった。開運橋のジョニーで洋さんがピアノを弾き、協さんがドラムを叩き、路子さんが歌をうたった光景が浮かぶ。「ドラムをやるんだったら、テクニックより心を大切に」が父の教えだったと尊敬する息子の協さん。 (開運橋のジョニー店主)


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