盛岡タイムス Web News 2011年 8月 2日 (火)

       

■ 〈ここで踏ん張る〉陸前高田市うごく七夕 残った3台の山車で祭りを

     
  うごく七夕まつりへの参加を決めた大石地区の人たち。地域の踏ん張りを応援する菅野健一さん(右)  
 
うごく七夕まつりへの参加を決めた大石地区の人たち。地域の踏ん張りを応援する菅野健一さん(右)
 
  陸前高田市の夏の風物詩「うごく七夕」が6日と7日、「復興!陸前高田うごく七夕まつり」として高田町の高田小学校校庭で開催される。町内に12台あった山車のうち残ったのは3台だけ。それでも大勢の人が亡くなった今だからこそ、霊を鎮め、古里の心意気を示す祭りを開こうと地域の有志が立ち上がった。当日は鳴石、大石の両地区と実行委員会の山車が校庭に繰り出す。ほかの町内会も交代で山車に乗り、伝統の祭り太鼓を打ち鳴らす予定だ。まつりは全国の多くの協賛者が支援。太鼓の修理費や笛、ばちなどの購入費の一部は、文化芸術面で震災復興を支援する「いわて文化支援ネットワーク」(瀬川君雄代表・盛岡市)も協力する。(馬場恵)

  同市の太鼓団体「気仙酔鼓伝」代表の菅野健一さん(59)は囃子方指導者の一人。祭り本番を控え、太鼓の指導に熱を入れている。いわて文化支援ネットワークの坂田裕一さんと中学時代の同級生だったことが縁で太鼓修繕費などの支援を要請。ネットワークも大口寄付を仲介するなど、これに応えた。

  菅野さんは高田町長砂(ながすか)地区の出身。製材職工だった父親は自宅を囃子方の練習に開放するほどの祭り好きで、物心付いたときから太鼓に親しんだ。各地で開かれる創作太鼓の発表会や講習会を巡って独学。祭りの季節になると若手や子どもたちに太鼓を教え、07年から同市で毎年開かれてきた全国太鼓フェスティバルにも実行委員や裏方として携わってきた。

  「太鼓は一発打つだけで、その場の雰囲気をがらりと変えてしまう」と菅野さん。腹の底に響く鼓動は、高田で生まれ育った人たちの誇りであり、原風景に鳴り続ける音だという。

  高台にあった自宅は無事だったが地域が受けた痛手は大きかった。各地区が大切に保管していた山車や太鼓も大部分が流失した。そんなとき、手を差し伸べてくれたのは太鼓を通して知り合った仲間や旧友。常日ごろ、懇意にしていた石川県の太鼓楽器店も潮に浸かった太鼓の修繕を引き受けてくれた。「みんなに本当に助けられている」と、人と人との絆の重みをかみしめる。
     
  いわて文化支援ネットワークの支援もあり、修繕された大石地区の太鼓。右がリーダーの斉藤正彦さん  
 
いわて文化支援ネットワークの支援もあり、修繕された大石地区の太鼓。右がリーダーの斉藤正彦さん
 

  7月30日、うごく七夕への参加を決めた大石地区では山車に飾る七夕飾りの制作が進んでいた。海から約2`離れたこの地区でも約150世帯のうち、被災を免れたのは38軒しかない。地区全体での参加は断念したが、若手有志が津波をかぶった山車を復活させ出場することを決めた。

  山車を飾る灯籠(とうろう)には「感謝」「復興」「祈誓」の文字。藤の花のように山車全体を覆う七夕飾りも和紙を染め付けて作り直した。山車には、いわて文化支援ネットワークの支援で修理した大太鼓も含め3台を乗せる。

  リーダーの斉藤正彦さん(36)は「七夕まつりは、みんなが何日も前から心待ちにし、そわそわするような大事な祭りだった。やめるわけにはいかない。よその地区の人にもうちの山車を引いてもらい、太鼓を鳴らしてもらって元気を出してほしい」と願う。祭りを支える実行委員会のメンバーは30代、40代のこうした若手が中心だ。

  「みんな家を流され、家族や親戚、親しい人を失っている。それでもやろうという気持ちはすごい」と菅野さん。まちの復興の柱となる世代の踏ん張りを頼もしく感じている。

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