盛岡タイムス Web News 2011年 8月 5日 (金)

       

■ 〈鼓動の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉36 八重嶋勲 古の頃雨ま古と尓うッとう志くて

 ■小林茂雄
  61 巻紙 明治三十四年八月二十六日付
宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一様 平信
発 乙部村 小林茂雄
 
古の頃雨ま古と尓うッとう志くて困ると古ろ尓候、休暇も既に四、五日をあま寿のみと相成候て 心細き至り尓候はずや、
先頃出盛四、五日遊び来り候へし、貴兄にも其当時御出盛奈され候へ志との御噂のみきゝ侍りて、遂尓御面會し果たす能はず残念の古とゝ思ひて候へきよ、
石楠君、寒葉君の二人の君乙部へ来られて候へき、そは午前十時古ろ尓もや、それより弐拾五句をやり候へてき、
翌日其人君、虎人君の午前十一時に訪はれて候、そは貴兄の御宅より来られ候とか、其日二十句をやり候へき、其選はい可尓偶然といへど非常尓おかしく候へし、
  
茂夫を滋夫と改名して候、
其日用事ありとて直ち尓二人の君も帰られて候、
石川一の君よりも御手紙うけて候、そか中尓十和田の湖のことなども候へてき、そ可あと尓美くしきみ歌なども有之てい可尓面白く候へきよ、
さはれ貴兄のみ画面白く面白くも拝見候へし、古ゝ尓居奈がら御地尓参りたる心地して嬉しくも感謝して有之候へし、み庵の朝顔の花のみ画送り賜へしときはまたわが庵の朝顔の花咲きそめあはれわが庵の朝顔も可くやと計り思はれてい可尓慕はしきみ画と思ひ候へき、
尚其あ可つき夕暮のみ画の美しき湖尓もや、他尓もや、可ゝる神聖の地尓歌造りま須君のいとゆ可しくて候、
花明の君よりもみ文得て候、虎人の君よりも、
尚申上げたきも先づ古ゝら尓て擱筆仕るべく候、気候不順御身体くれぐれも御大切尓願ふ尓候、
   二十六日           滋夫
     菫舟の君へ
 
  【解説】小林茂雄は、明治19年紫波郡乙部村生まれ。明治37年、盛岡中学校卒業。啄木の1年下、長一の2学年下である。仙台医専を卒業し盛岡市で産婦人科医院を開業。盛岡市議会議員も務めた。
  箕人、虎人は野村長一宅からの帰りということで乙部村の小林茂雄宅に立ち寄り、3人で俳句会を行い、20句作って互選したところ、偶然にも6点ずつの同点となったという。
  「石川一の君よりも御手紙うけて候、そか中尓十和田の湖のことなども候へてき」は、啄木が十和田湖に行ったということの重要な証言である。
  長一は、この頃盛んに絵を描き、人に贈っている。小林茂雄にも、朝顔、暁、夕暮れの湖の絵を贈り、大変に喜んでいる様子が分かる書簡である。


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