盛岡タイムス Web News 2011年 8月 12日 (金)

       

■ 〈鼓動の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉32 八重嶋勲 五山思ひ乱れ候様に見受け申候

 ■阿部秀三

  62 巻紙 明治34?年9月2日付

宛 盛岡市 日影門外小路南部(小枝)様方爾而 野村長一様
発 盛岡市 阿部秀三
 
拝啓本日別封上田寅次郎君より到着相成候ニ付差立候間皆様へ御回志被下度候、
昨夜彼等之行動に付いて一方ならす五山君思ひ乱れ候様に見受け申候、昨夜も帰途午後外出もせず、或は死にたい杯と途方もなき事許り申され候故、そんな女々しき考は思へ(ひ)絶たる候様申候得共、卒先して飄然一人帰られたる處なとを以て見る時は或は危険極まる(精神上の)頓挫を見る事なきやと心配致し居候、小生も一日も閑粛にても得候はゝ、あらん限り申上度候得共、今の如き境遇如何とも致し難く御座候、それに就而も正當に貴兄より懇んごろに御諭慰なされ候様希望之至りに候、此度の如きは不肖も耐え忍ふべからさるを耐え切り候事にてこんたえぬ拘中之困難を覚え候、されども小生は小生丈に堅く信ずる正しき義務に向って正しく行ひ申候と思ひ返し候得者、是にて却て清涼なる満月にても望みたる様な気に相成候、正義に勝つ軍なしとも申候得者、痴者にあらさる限或時期に於て後悔も可有之と愚考候、五山君は勿論餘の諸兄に於ても充分心せられ居らるゝ事とは相信し候得共、前途尚遼遠こんな事に気を朽らして死ぬの外出せぬのとは充分考らるべき事と覚え候、こんな障害は目の前百も二百もならべられ居ると考へられ候得者、演習之如きものと心得らるゝ方よろしかるべく候、
小成田君へもし御閑ならは御出で被下度、遠来之客は及ふ丈優遇するは相當之義務に有之べくと存候、小生も退行後早速相尋ね可申候、
右用事のみ早々、拝具
    九月二日        阿部秀三
      野村様
 
  【解説】「昨夜彼等之行動に付いて一方ならす五山君思ひ乱れ候様に見受け申候」とは、どのようなことであったろうか。とにかく猪狩五山(見龍)が思い乱れ、精神的ダメージを受けて落ち込んでいるので、長一に「懇んごろに御諭慰なされ候様希望之至りに候」と願っているのである。

  猪狩見龍は、明治15年、胆沢町生まれ。長一とは同学年で猪川塾でも起居を共にした盟友。仙台医専を卒業し、東京、郷里、中国、最後は沼宮内で開業した。無料診療のクリスチャンとして有名だった。
 
  ■小成田保

  63 はがき 明治34?年9月5日付

宛 盛岡市日影門外小路南部(小枝)様方 野村長一様
発 江刺郡米里村 小成田保
 
   杜陵吟社御一同によろしく
出立の際は御見送までヒ下難有井御礼申上候、昨日午後八時頃無事安着仕候間、御安神被下度願上候、猶今後とも御見捨なく御愛顧被下度願上候、抱琴、露子、炎天、挿雲君にも兄よりよろしく、
 
  【解説】小成田保は、どういう人かよく分らない。阿部秀三のこの前の書簡に「小成田君へもし御閑ならは御出で被下度、遠来之客は及ふ丈優遇するは相當之義務に有之べくと存候、小生も退行後早速相尋ね可申候」とあるので、相当に親しい俳句の仲間と思われる。この葉書では、郷里江刺郡米里村に帰ったらしく安着のあいさつ状である。


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