盛岡タイムス Web News 2011年 8月 16日 (火)

       

■ 〈幸遊記〉32 照井顕 千葉海音のジプシーシャンソン

 日本でのシャンソン歌手と言えば、そのほとんどは日本語に訳された詩を歌うのが通常。だが、原語で歌いながら自分でピアノの伴奏もする、いわゆるシャンソンの弾き語りができる、パリ在住の千葉海音さん(34)が8月17日に、開運橋のジョニーでコンサートを行う。

  彼女がジョニーに初めて現れたのは2009年9月18日だった。聞けば出身は、僕と同じ平泉。しかも僕の娘と同い年。盛岡の不来方高校から、洗足学園大音楽部を経て、2000年にパリへ渡った。
1920年〜30年代の古いシャンソンを中心に勉強し、今では歌手として、シャンソニエやサロン、ギャラリー、ホームパーティー等で歌い、少しはピアノも教え、ほそぼそながら音楽で生計を立てているのだという。

  2年前、ジョニーで歌った時、「夏と冬に日本へ帰って来るのですが、地元岩手は初めてで、まして盛岡は不来方の制服を着ていた街なので、青春時代を過した岩手で歌えたことがうれしかった」と涙を流した光景が今でも目に浮かぶ。

  あとで知ったことだが、彼女は、僕の平泉中学時代、音楽を教えた「千葉ケイ子」先生のお孫さんだった。当時としてはめずらしく、真っ赤な口紅をつけて教壇に立ち、自宅から持参したレコードを教室にあった電蓄でかけて聴かせてくれた記憶がよみがえる。お会いしたいと思っていたが、昨年亡くなられたという。

  海音さんはパリのいろんなシャンソニエでいろんな人の歌を聴いたが、なかなかグッとこなかった。だがある時、モンマルトルの「ラパンアシル」(エリックサティやピカソが通った店としても知られる)で聴いた「ミッシェル・ベルガム」に感動。教えをこうたが断られ、それでも根気強く何度も通ったら、彼女の自宅を訪ねて来て、「歌ってみなさい」と言われ、以来教えを受け、今日に至ったのだという。

  「ある時、電車の中で、ジプシーのおばあさん(国籍のない人だった)の歌に感動し、そのメロディーを頭に入れ、自分がそのおばあさんのことを書いた」という、昔のイスラエル曲につけた日本語の歌に鳥肌が立った。

  (開運橋のジョニー店主)


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