盛岡タイムス Web News 2011年 8月 18日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉37 古水一雄 通巻30冊多々良仙人

 「多〃良山人」と表題にあるこのノートは、3月9日から7月2日までの俳句と短歌、そしていくばくかの写生文からなるものである。日記というよりは作品控え帳といった趣のものである。3月初頭は「通巻28冊丁々記一」が書き継がれている時期で2月27日でいったん筆を擱(お)き、数日の空白の後に「丁々記一」と平行して通巻30冊目のノートとして書き始めたものである。7月2日までの間には父の死があり、家督相続の後に店主として上京し、仕入れに奔走していた時期でもあったのだ。

  さすがに、父の危篤の日から仕入れの為に上京し帰盛するまでの頃の記述は省かれていて、再開するのは6月26日である。26日からは日記体に戻して記述している。
 
  さて表題の「多〃良山人」の由来について述べていきたい。

  俳号を「春又春」に改名したときに、それまで作歌でも作句でも用いていた「紅東」の号は作歌の雅号としてはふさわしくないと思ったのか、「多々良山人」と雅号を新たにしていたのであった。

  多々良山は、江戸時代から明治時代にかけて選定された盛岡八景のなか(ただし幾つか異説がある)では“多々良山暮雪”とか“鑪山秋月”と讃えられている標高が390・5bほどの盛岡の景勝である。タタラとは、砂鉄・木炭を原料にしてフイゴを用いて行う製鉄場をさす言葉である。この山に製鉄場が設けられたことにちなんで鑪山と呼んでいたのである。

  春又春は、茶畑にあった久保庄の別荘から望むことができたはずのこの山にちなんで雅号に用いたのである。そして、「アシビ」を引き継いだ「アカネ」に短歌を投稿したりしている。
 
  さて、ノートの内容に戻ろう。ほとんどが短歌と俳句で埋められているが、2・3の短編の写生文が書き記されているので、その中から一編をとりあげることにする。
     
  「通巻30冊多〃良山人」  
 
「通巻30冊多〃良山人」
 
 
   まくはうり
  
    つば廣の夏帽を阿弥陀にかぶって炎
   天下をいく。午の日がじりじりと帽子
   を透き通して射す。
    そよとの川風もない。欄干に手を触
   るゝと熱く燃(や)けて手が焼けるよ
   うだ。碑の前に白い手拭いで頬被りし
   た田舎女が二人、一人は子を負ふて居
   る。足元の笊には水もたつようなまく
   はうりが一杯はいつて居る。一人の若
   い女ハ天秤を足でふまいて胸の汗を単
   衣の袖で拭いている。
    「一つ呉れ」といふたら、子を負ふ
   た方の女が立つて席をを譲つた。剥く
   ものがないがなあと当惑していると、
   若い方が「私が半分にしてあげましょ」
   といふ。「うん」といふと早速に天秤
   の脚を直角にしてまくはうりを膝頭に
   あてゝ人指し脂(ママ)を真中にあて
   ゝ、「いゝやつ」と気合いをかけたら、
   二つにざくりと割れる。白い核(タネ)
   がはらはらとこぼれる。恥もせぬ。「さ
   あ、おあがりやんせ」と余に手渡す。
   雫がぽたぽた落ちる。乾き切つた土が
   跡形ももない。口にたまつた白い核は
   立つて欄干から青い波に吐き散らす。
   核は浮いて波の上を流れて行く。「も
   ひとつ半分にして呉れ」といふ。膝頭
   を直角にして「えいや」とざっくりと
   割る。「うまござんすべ」と余にいふ
   て余に手渡す。
     
  明治橋付近から見た鑪山(左)と蝶ガ森(右)  
  明治橋付近から見た鑪山(左)と蝶ガ森(右)  
    負ふた子が眼をさまして泣く。暑い
   日がまともに照りつゞけている。女は
   欄干に沿ふてあちこととす。泣く子は
   なかなかやまぬ。日は尚かんかんと照
   りつける。二つくひつくして三つ目に
   なる。女はまた膝頭でざくりと割つて
   くれる。「暑くてたまりあんせんな」
   といふて乳の下の汗を拭く。ぷんと臭
   い腋が鼻をつく。むつとしてわきを向
   く。川風が欄干の下からそよと吹く。
         (句読点、「」は筆者)
 
  情景描写としてはさすがに俳句や短歌で鍛えているだけあって、なかなかによく書けている。春又春は、盛岡中学校時代にも回覧雑誌に写生文を盛んに書いていた。また上京していたときには、「アシビ」が募集した課題文に下宿生活の様子を書いた文章で入選を果たしている。
  ただ、長編の小説に何度か挑戦はするが、どれも途中で筆を折ってしまっている。おそらくは構想力・構成力不足といった春又春の資質にかかわる問題なのであろう。
    ◇     ◇
  【参考文献】盛岡市文化財シリーズ・第22集「盛岡の山と民俗」盛岡市教育委員会発行

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