盛岡タイムス Web News 2011年 8月 20日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉225 岡澤敏男 「小岩井ハクニー」余聞

 ■「小岩井ハクニー」余聞

  「小岩井ハクニー」はサラブレッド種とハクニー種の交雑で、サラブレッドの血量25%を保持するように配合されて創生されたといわれるが、「骨格堅牢にして、四肢端正なるコップ型体形」の軽輓馬をつくりあげるにはどれだけの数の産駒が供用されたものか。同じ種雄馬を交配してもいろいろな娘駒が生産されるから、理想的な遺伝形質をもつ産駒を見いだすまでには気が遠くなるほどの数の交配方法が実施されたと考えられます。

  それを見事にリードしていったのがインタグリオー号(サラブレッド種雄馬)とブラックパーフォーマー号(ハクニー種雄馬)でした。

  インタグリオー号のサラブレッド娘駒にブラックパーフォーマー号を交配し、ブラックパーフォーマー号のハクニー娘駒にインタグリオー号を交配する二つのパターンを基本にして種々なる交配方法が実施され、サラブレッド種の血量25%を保持した理想的なハクニー種の産駒にたどりつき、「小岩井ハクニー」と称賛され高額で取り引きされることになったが、「小岩井ハクニー」は優れた血統をもつ2名馬があったればこそと改良者の高橋勝四郎も証言することでしょう。

  農場が明治35年にブラックパーフォーマー号などハクニー種5頭を英国から輸入したとき「農場案内書」に「ハクニー種は性質温良、力強く堅固なる体格を具へ乗用又は乗車用のいずれにも適する真に実用的な馬なり、速歩はこの馬の長所にして、その歩法は前肢を高く挙げて踏み出す様、態度極めて荘重」と紹介している。

  このハクニー種をサラブレッド種と交雑し「骨格堅牢にして、四肢端正なるコップ型体形」に改良した小岩井ハクニーの歩法・速歩はさらに軽快になったから賢治が「北上山地」(大正13年4月20日)の詩で〈巨きなとかげのやうに/日を航海するハックニー〉と表現したのは、まさに小岩井ハクニーが踏み出す軽快な速歩をイメージしたからなのです。

  童話「耕耘部の時計」のなかで12時の時鐘の音をきいた馬が〈一緒に頚をあげ、いかにもきれいに歩調を踏んで〉厩の方へ歩き出す速歩姿を、晩年になって〈うなじをあぐる二疋の馬/華やかなりしそのかみの/よきギャロップをうちふみて/うまやにこそは帰りゆくなれ〉と〔ま青きそらの風をふるはし〕(「文語詩未定稿」)のなかで懐かしんでいるのです。

  賢治は樺太に渡航する大正12年8月2日の早朝、旭川駅に途中下車すると客待ちの乗合馬車が駅前に駐車していたので、6条通13丁目の道農試上川支場へと向うために乗車しました。
 
  植民地風のこんな小馬車に
  朝はやく乗ることのたのしさ
   (二行略)
  馬の鈴は鳴り御者は口を鳴らす。
  黒布はゆれるしまるで十月の風だ。
  一列馬をひく騎兵従卒のむれ、
  この偶然の馬はハックニー
  たてがみは火のやうにゆれる。
   (三行略)
  こんな小さな敏捷な馬を
  朝早くから私は町をかけさす
  それは必ず無上菩提にいたる
 
  これは「旭川」(『春と修羅』補遺)という詩の一節で、賢治は昨年5月に小岩井駅で〈上等なハクニー〉の引く客馬車に乗り損ねた悔しい仇を、翌年の8月に旭川駅前で晴らしたような気分だったのでしょう。

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