盛岡タイムス Web News 2011年 8月 22日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉33 照井顕 長年寺の桃の木稲荷大明神祭

 秋田県鹿角市花輪にある「鳳林山・長年寺」で行われる夏祭り(2011年7月16日)に、ジャズバンドを呼びたいとの話があり、開運橋のジョニーに出演しているベースの細川茂雄カルテットに、サックスの米澤秀司、ボーカルの金本麻里を加えた6人編成のお供をして行って来た。

  寺で行うまつりとは一体どんなお祭りなんだろうという興味もあったが、寺に到着してみれば、なんと「桃の木稲荷」ののぼり旗が立ち並んでいてビックリ!何でも、寺の裏側に位置する境内の山頂にその「桃の木稲荷」があり、神が寺を守り、仏が神社を守っている、まさに日本昔話のごとき神仏一体の寺社でした。神前で般若心経を唱える不思議。僕も参列させて頂いた。

  長年寺は秋田一、二の大きな寺で、本堂屋根のてっぺんには何と、南部藩の対鶴と巴の御紋。墓地奥には南部家来の古い墓が並ぶ。「南部利昭氏も来山されましたよ」と松井直行住職。

  南部利昭氏といえば、南部家第45代当主で靖国神社の宮司だった方。2009年1月7日に73歳で亡くなられた。そう言えば南部氏はジャズが好きで、宮司を務めてた時(年月失念)、開運橋のジョニーへ“おしのび”でライブを聴きに来てくれたことがあったなあ、と思い出した。

  長年寺では、盛岡の金本さんと言えば!と麻里さんに、寺にある鐘の話になった。その鐘というのは、戦時中に供出した寺の鐘が、平成10年3月にヴォーカルの金本麻里さんの父、辰彦さんの手を経て半世紀ぶりに長年寺に戻ったという鐘の事だった。なんたる偶然。

  それは辰彦さんの父、正伯さん(昭和60年亡くなる)が昔入手し、自宅床の間に大切に飾って置いた鐘だったらしいが、辰彦さんが鐘に刻まれていた文字を判読したところ「奥州花輪邑・鳳林山長年寺」文化12(1815)年4月13日盛岡の鋳工・山口伝兵衛(藤原雅重)氏の制作とあり当時、秋田の高校教諭で古鐘研究家の熊谷恭孝氏が、明治24年の秋田県寺社所有物の文献をもとに調査し、長年寺に二つあった鐘の一つだという事が判明した。

  長年寺の奥の間にあったその鐘の音は、味わいのあるいい音だった。19回目のまつりは晴天!今年が最高!楽しかった!と皆が言ってくれた。
(開運橋のジョニー店主)

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