盛岡タイムス Web News 2011年 8月 26日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉39 石川麦羊子が2通目のはがき

 ■飯島三郎

  65はがき 明治34年12月28日付
宛 紫波郡彦部村大字大巻 野村長一様
発 盛岡市四ツ家町 飯島三郎
 
御達者て御出でしガ、渉様は風邪にて四、五日前からぶらぶらして居りまし、何も気分進まぬ様にて見龍様は例の通り耶蘇ぐるいにて候、僕は少し御願か御座まし、とだけ返事を至急願まし、夫は外の事ては御座いまん、
正月二日に使ふ福引大々「コッケー」な處二本程御迷惑ナガラ證明添て大至急願まし、
 
  【解説】飯島三郎とはどういう人か、全く分らない。また、「正月二日に使ふ福引大々「コッケー」な處二本程御迷惑ナガラ證明添て大至急願まし」も、どういういきさつかも分からない。文章も訛(なまり)をもってたどたどしい。
  「見龍様は例の通り耶蘇ぐるいにて候」は、猪狩見龍が、生涯キリスト教を信教したことから頷ける。
 
  ■石川麦羊子

  66はがき 明治34年12月31日付
宛 紫波郡彦部村大巻 野村右近(長一)様
発 岩手郡渋民村 石川麦羊子
 
【梅に鶯の絵葉書】
はらはむは惜しと
  微笑む人もありや
み袖の今日の
   淡雪小雪。
   新春の初に。
争はむ人も
   あらずよ
新春の春の
うたげの
   かるたの小筺。
 
  【解説】長一に宛てた石川啄木の2通目の書簡。大みそかの日付であるが、年賀状の新年を寿ぐ新体詩である。この年11月9日に結婚式を挙げた、長一の新婚をお祝いしているのであろうか。
 
  ■川井誠次郎

  67はがき 明治35年1月1日付
宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一様
発 盛岡市花屋町 川井誠次郎
 
新年の御慶を申す
  元旦の妻発句の愚をつくしけり
   一月一旦
 
  【解説】川井誠次郎は、明治37年に盛岡中学校を卒業。後に東邦紡織株式会社監査役を務めた人。年賀状に俳句が一句あるので俳句の仲間かもしれない。


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