盛岡タイムス Web News 2011年 8月 27日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉8 鈴木幸一 虫の鳴き声にセラピー効果

 これからの季節の虫の鳴き声(発音)は、脳の免疫力を向上させるかもしれません。

  夏の高校時代の天然の学習場所は、高台にある誰も訪れることのない神社の回廊(かいろう)でした。うだるような暑さの実家から逃れるために、自転車に茣蓙(ござ、敷物の一種)を積んで神社に通いました。勉強はすぐに嫌になりますが、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシでもなんでも構わず、松尾芭蕉が山寺のニイニイゼミの鳴き声で詠んだ「閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉(セミ)の声」を思い出し、先人と同じような気分に浸っていました。

  昆虫学を生業としても、この思春期の経験が忘れられません。芭蕉さんも高校生も、セミたちの鳴き声から一体頭の中で何が起こって、精神的に安定した状態に導かれているのかというテーマです。

  岩手大学に長く勤めていますと、400名強の教員がどんな分野かおおよそ理解できます。自分の専門分野とまったく異なる分野の組み合わせで、大きな大学では実現不可能な、いろんな難問にもすばやく取り組める利点があります。

  十数年前に教育学の教授で大脳生理、心理学が専門の菅原正和先生(現名誉教授)に、虫の鳴き声でヒトの脳に与える効果を分析できないかと相談しました。

  教育学部と農学部の異分野融合の共同研究です。当時大学院生の留学生のシュエイさんが担当し、69名の健常者に対して一時的に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こしました。

  心理学分野のPTSD治療のひとつとして使用されている水平眼球運動(ヒトの眼球を左右に移動)に、虫の鳴き声でも一番効果的なスズムシの音を耳から入れるように工夫しました。その結果、眼球運動にスズムシの音を聞いた被検者では、ストレスが大きく軽減し、しかも後頭部でアルファ波(リラックス時や閉眼時に多くでる脳波)が、強く発生していました。

  これで納得しました―。芭蕉さんと高校生の頭の中にアルファ波が現れ、リラックスしながらわびさびの世界に浸っていたことを。そして、自然の中で虫の鳴き声を聞く機会が激減している現代人の脳は、ストレスに対する免疫力が低下しストレスに弱くなっているのではないかと考えています。

  そろそろ晩夏から初秋の季節です。セミたちからコオロギたちの声へと移り変わります。思春期から45年経た夜に、耳を澄ませばエンマコオロギの鳴き声でも十分に癒やされております。
 
(岩手大学地域連携推進センター長)

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