盛岡タイムス Web News 2011年 10月 17日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉41 照井顕 守口忠成の行き方の教え

 仙台を流れる広瀬川のほとり。日本初の水力発電所(現・三居沢発電所。明治21年・宮城紡績が工場内に50灯をともした)がある。その真上に位置する山の中、大きな天然石に彫られた仏像が秘っそりと佇んでいる。

  僕の30数年来の親友・守口忠成(ただしげ)さんが1993年頃に数カ月かけて彫った仏像である。そこは明暗流の尺八奏者でもある彼が、自転車で通い続けている練習場所であった。彼がひとたび音を出せば、真っ先に鳥たちがやって来て尺八に呼応しさえずり、チョウやトンボ、虫たちまでもが、わんさか寄って来て、彼の体にとまってはその音を聴く。僕がその光景を目にしたのは1997年のこと。

  先日、その仏像写真が彼から送られてきた。その頭と肩、座した足元にビッシリと生えた苔(こけ)。ふと「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」と国歌が頭に浮かんだ。今ではすでに定年退職した彼だが、当時は高校の先生。転勤のたび、その学校に僕を呼んで唄わせ、自ら尺八で伴奏をつけて聴かせ、生徒たちからは、その感想文まで届いた。

  彼が僕の店、ジョニーに来だしたのは30年数年前、気仙沼水産高校の先生をしていた時からである。店に来て2〜3日もすると必ずはがきや手紙が届き、店に来た時の感想やら気持やらが書かれていた。なかなか来れない時には、近況を知らせる手紙が届く。その数およそ4〜500通。陸前高田に届いた分は今年の津波で流失させてしまったけれど、僕が盛岡に来てからの10年分を数えてみたらすでに120通を超えていた。

  仙台から盛岡の店へも何十回来てくれただろう。僕が時折コンサートで唄うとなると、いつの間にかステージの隅っこに立っている。東京で唄った時にだってそうだった。いつでも、どこにでも、ほとんど必ず来て吹いている。まさに風のような人なのだ。

  お互い年令を重ね「一人ずつ大切な人と、この世の別れをするのがつらい。最近、明暗尺八の師匠が逝ってしまった。そのうちにではなく、会えるうちに何度も何度も!と痛切に思うのは、俺だけか?」と最近の手紙。ありがとう。
(開運橋のジョニー店主)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします