盛岡タイムス Web News 2011年 10月 25日 (火)

       

■ 〈大震災私記〉34 田村剛一 崩れた安全神話2

 安全神話と言えばもう一つある。それは防潮堤だ。ことにも有名なのが宮古市田老町の防潮堤。津波を防いだ防潮堤として、ギネスブックにも載っているとか。今回の大津波は、この防潮堤をも楽々越え、防潮堤の上から海を眺めていた人々をのみ込んでしまった。

  沿岸の集落は、全て、この防潮堤で守られている。沿岸住民は、この防潮堤に絶大なる信頼を置いていた。私の町の防潮堤は高さが約4・5b。海面からは6bの高さということになる。これを越える高さの津波はめったに来ない。人々はそう信じて生活してきた。

  この防潮堤がつくられたのは、チリ地震津波以後。それまでは、津波注意報が発令になると沿岸住民は、高台にすぐ避難した。防潮堤が完成すると、避難の出足は鈍った。津波注意報ではほとんど避難しなくなった。警報でやっと何人かが動くくらい。

  自主防災会の役員が避難を促しても「大丈夫」だとか「いざという時には逃げるから」と私たちの声に耳を貸さない人が多くなった。今回亡くなった2組の夫婦も、常にそう言って避難しない人たちであった。

  ちなみに、この防潮堤の完成はいつか。私の家に最も近い門扉は平成13年3月の竣工とある。ちょうど、この門扉が完成して10年後の津波だったということになる。

  この防潮堤に関し、想定外のことが二つ起きた。その一つは、今回の津波が、防潮堤をはるかに越えるものであったこと、もう一つが、壊れることがないと思われていた防潮堤が津波で倒されたということだ。ここでも絶対倒れることはないと信じられていた防潮堤に対する安全神話が崩れたのだ。

  その横転したコンクリートの巨大な塊を見て「欠陥工事だ」と怒りをぶつけている人もいる。ごろごろ転がっている防潮堤を見るとそう思うのも無理はない。

  倒れた防潮堤の底を見ると、鉄筋が入っていなかったり、入っていても細かったり。あまりに細いので、そのわけを聞いたら「16_が倒れる時に伸びて13_になった」と説明した関係者がいたとか。「人をばかにする説明だ」と言って怒りをさらに強めている。

  私には「重力式なので本来鉄筋は要らない」という説明であった。恐らく倒れないように設計した防潮堤であったはず。この防潮堤の破壊で被害を大きくしたことも事実である。

  最近「これは防潮堤でなく減災堤だ」と言う声を聞くが、これは被災者を愚弄する言葉だ。防潮堤安全神話がなければ、犠牲者はもう少し少なかったのではないかと思い悔やまれる。
(山田町)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします