盛岡タイムス Web News 2011年 11月 2日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉252 伊藤幸子 藤田晴子記念館

 蔽はれしピアノのかたち運ばれてゆけり銀杏のみどり擦りつつ
                                小野茂樹

  「角川現代短歌集成」より。秋たけなわ、もみじも銀杏も色づいて全山紅葉に染まっている。八幡平温泉郷は先ごろの山賊祭りに始まって、週末ともなると県内外の車がくりだし、別荘の戸窓も開いてにぎやかだ。

  そんな一角に「藤田晴子記念館」がある。大々的に宣伝もしないため地味だが、おととし10月16日にオープン以来、稀代のピアニスト藤田晴子さんを慕ってお弟子さんやファンの方々が全国から訪れている。(金・土・日開館、冬期閉館)

  藤田晴子さん、大正7年東京生まれ。法律学者の父上の留学に伴い大正12年から6年間ドイツに暮らし昭和3年帰国。東京府立第一高女の時、名ピアニスト、レオ・シロタ氏に師事。昭和13年、日本音楽コンクールピアノ部門で優勝。さらに昭和21年、女性で初めて東京大学法学部に入学。のちに国立国会図書館主事となられ、憲法学者、音楽評論家として活躍された。

  そんなすばらしい方がどんないきさつで、わが八幡平市にほほえんでいらっしゃるのか。聞くほどに人のご縁のふしぎさを思わずにいられない。この「藤田晴子記念館」館長の白井眞一郎先生は現在81歳。東京芸大卒業後、東京文化会館館長を務められ、声楽家としてのご活動では藤田さんの伴奏で歌われたとのこと。

  その白井先生が戦後購入された八幡平温泉郷の土地をいたく気に入られ、折々愛車で通われて、今では東北の地理に大層お詳しい。

  平成13年、藤田さんが83歳で亡くなられたとき、お子さんもなく、東京の藤田邸がとりこわしの危機と知り、八幡平移設を決意されたという。こうして藤田さんの居室そのままに、ピアノも書籍も調度品も運ばれて記念館として再現された。「ああ、先生だけがいらっしゃらない」と、お弟子さん方がなつかしまれるとのこと。

  私も時々遊びに行くが先日、「白井先生、あのドイツのピアノ、燭台が6本もあってすごいですね!」と申し上げるとびっくりして、「まさか、左右2本だよ」と打ち消される。「じゃ、確認!」とホールに入ってみたら、そこにはなんと4本の黄色い蝋燭が立っていた。「おかしいな、いつも見てるのに」と不審顔。「よかったなあ、ムキにならないで。これは引き分けだ」と大声で笑われた。

  すべて象牙の鍵盤である。蝋燭が倒れないかと心配する私に、先生がやさしくキイを叩かれた。それは錦織りなす「もみじ」だった。後世を託された藤田先生のポートレートがピアノの上で、一瞬またたかれるのが見えた。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします