盛岡タイムス Web News 2011年 11月 2日 (水)

       

■ 〈大震災私記〉39 田村剛一 わが家の復旧作業2

 家の後片付け・復旧作業に手がつけられるようになったのは、上に通ずる道路が開通してからだ。道路が開通したことにより、古井戸から水が運べるようになったからだ。

  津波災害は、通常の水害とは違う。何せ、塩分を含んだ海水に浸されるので、金属製品はすぐさびて、使いものにならなくなる。木製のものも、塩分を除去しないと、温度が高くなると、すぐに湿気があがり、じめじめする。それで真水で洗い、塩分抜きをしなければならない。そのために、大量の水が必要である。水道が使えればそれでよいのだが、水道は断水で使えない。川は遠い。そこで、目をつけられたのが古井戸である。この古井戸、家から50bの所にある。

  10年少し前のこと。“危険だから井戸を埋めてほしい”という声が上がった。井戸のふたが古くなり、今にも壊れそう。子どもが遊んで井戸に落ちる心配があるというのが住民たちの声。私もそのことには気づいていた。しかし所有者のあること、勝手にはできない。それに、井戸を埋めることは、災いがあるといって、なかなかしないものだ。

  そこで、所有者に、ふたの修理を申し入れたが、私はしない、と言って断られた。このまま放置しては危険。その足で役場に向かい、防災の係にふたの修理を頼んだ。珍しいことに、その願いを受け入れてくれた。こうして、この井戸は生きのびることができた。

  この古井戸は、今回の大震災で大いに役立った。火災の時には、消火水として利用された。延焼防止に役立ったはずだ。鎮火後は、生活用水として、地域の人たちに使用された。飲料水には適さなかったが、食器洗いや洗濯、塩分取り、床のへドロ流しなど、多方面にわたって利用された。

  この古井戸を使ったのは、わが家が一番だったかもしれない。というのは、周りの人たちのなかで、一番早く、家の後片付けに手をつけたからだ。

  古井戸からの水くみは、私の仕事であった。誰かが作ってくれたのか、バケツのつるべ。それで水をくむ。私は、水の入ったバケツを両手に持ち、何度も家と古井戸の間を往復した。多い時には、10回を越えたこともある。

  給水車のおかげで、飲料水は豊富になっていったが、水洗いのために、それを使うことはできなかった。わが家の復旧作業が、周りの人たちより早くできたのは、この古井戸のおかげだと思っている。“井戸は粗末にするな”昔の人の言ったことはうそでなかった。
(山田町)


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