盛岡タイムス Web News 2011年 11月 4日 (金)

       

■ 啄木に復興の精神を見る あすから盛岡で国際学会

     
  国際啄木学会について話す森さん  
 
国際啄木学会について話す森さん
 
  今年度の国際啄木学会盛岡大会は5、6日、滝沢村の盛岡大学短大で開かれる。今回は「新しき明日、新しき啄木」をテーマに、啄木の文学に復興の精神を見いだそうとする。同学会は4月から盛岡大学の望月善次学長が会長、明治大学の池田功教授が副会長。大会は台湾、インド、ロシアなどの研究者を迎え、啄木像を通して新たな時代と世界を見据える。大会について同学会事務局長の森義真氏に聞いた。

  −今回のテーマは。

  森 啄木の短歌にある「新しき明日」がテーマ。東日本大震災を見据えたうえで啄木研究を見直す。

  −海外からはどのような研究者が来るのか。啄木は今は何カ国語に訳されているのか。

  森 国際ミニ講演でふたつのステージを考えている。台湾啄木学会会長の林水福さんが5日に、6日にインド啄木学会会長ウニタ・サチダナンドさんがミニ講演でお話いただく。このほかインドのジョージ教授、ロシアのアイーダさんという方が今度、学会に入られて参加する。翻訳は正確に把握してはいないが20は超す。わたしが持っている翻訳だけでも15、6カ国はある。

  −海外から今回の震災についての話は。

  森 インドでは「9・11」にインドの啄木学会のあこがれの会が主催し、東日本大震災の復興を支援しようという集いが開かれた。日本からは望月会長や歌人の松平盟子さんなどの詩人や歌人が会を盛り上げた。今回日本に来てそういう活動を紹介する。ウニタさんのお話はそれがメーンになる。来年は台湾大会を5月に予定している。

  −時代の危機や天災を啄木はどう捉えていたか。

  森 啄木は明治33年に三陸海岸を旅行している。明治29年の明治三陸大津波の4年後でまだ傷跡はあったと思う。啄木自身は書き残していないが、舟越金五郎日記に詳しく書いている。三陸に津波の「ああ惨かな海嘯」という記念碑があることが書かれている。最後の到着点の釜石では、工藤大助といういとこの所に泊まっている。工藤自身が津波で釜石の医者が亡くなったあと釜石に医者として赴任している。津波のことはそういうところで見聞しているが、具体的な作品は残していない。

  災害では函館大火を日記に書き残している。みんなを元気づけるため渋民の盆踊りを踊ったということを日記に書いている。啄木の災害に対する行動ということで、啄木の心理状態を論じている人もいる。今回の山田武秋さんの発表は「津波と砂と石川啄木 一握の砂10首」ということで、津波にも触れるのではないか。

  新しき明日という意味では津波や災害に直接関係はないが、大逆事件で時代が庶民の手から離れていく時代閉塞の現状の評論などの中で、明日への希望を見いだそうとしている。評論や短歌や詩などを通じて、今回のパネルディスカッションでは啄木の見据えた新しき明日を、各パネリストが掘り下げる。


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