盛岡タイムス Web News 2011年 11月 5日 (土)

       

■ 〈大震災私記〉42 田村剛一

 3月20日のこと。突然、役場から電話が入った。「監物さんらしい人の遺体が見つかったそうです」
  私が、知人の行方不明届を出していたので、私の所に連絡が入ったのだ。

  知人2人に声をかけ、遺体が収容されている山田中学校の体育館に向かった。体育館に入ると、遺体らしきものが入った袋が30体ぐらい横たわっていた。どれが知人だろうか。

  その前に、受け付けを済まさなければならない。受付係は、岩手県警の警察官のようだ。係官に、知人との関係や身元を聞かれた。正式には、身元確認は肉親でなければならない。しかし、知人は単身生活者。肉親は新潟にしかいない。その旨を話すと、遺留品を見せてくれた。ポケットから運転免許証が出てきたという。それは明らかに知人のもの。財布の中身も見せてくれた。一万円札が十数枚あった。遺体が発見されたのは、長崎踏切付近とある。

  やっぱり、事務所を出る時「南へ行け」と貴ちゃんに言った南とは、南小学校だったんだなと思った。長崎踏切は、南小学校に向かう途中にあったからだ。

  「長崎付近のどの辺で見つかったのでしょう」と係官に尋ねた。「それは分かりません。長崎踏切付近としかありませんので」。それは無理もないこと。発見者とこの係官は違う。それに発見者は自衛隊員に違いない。とすると、詳しい位置を知ることは難しい。

  「遺体を見せてください」と言うと、中央に横たわる遺体袋の所に案内され、その袋を係官は開いてくれた。頭には白い包帯が巻かれている。その下は傷ついているのか焼けているか、頭は赤い。死亡後、焼けたのかもしれない。正直、顔だけでは知人かどうか分からなかった。

  「手術の跡があるはずですが」と言うと、腹の部分を見せてくれた。はっきりと手術の跡があった。肝臓の手術をした跡。これで、知人であることは間違いない。何とも悲しい対面だ。でも、これで身元確認が済んだ訳ではない。身元確認には肉親の証言が必要であった。町内に離婚した前の奥さんのいることを思い出し、そこに向かった。しかし、この人も悲しき身の上。「私には全く関係のない人。それに、私の娘も亡くなりましたから…」。この言葉で無理強いはやめた。

  新潟から兄弟に来てもらわなければならない。そこで、アパートの家主の所に行って、連絡先を見つけるため、部屋を見せてくれるよう頼んだ。家主は「私も行きます」と言って快く同行してくれた。
(山田町)


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