盛岡タイムス Web News 2011年 11月 9日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉254 伊藤幸子 「超高齢化社会」

 階段を手摺にすがりのぼるとき足でのぼれとあたまは命ず
                           竹山広

  11月もなかばをすぎると「喪中欠礼」のはがきが届くようになり、落葉帰根の寂しさに襲われる。「天寿を全うし」と冠せられるのは今では80代ならまだ若いと思う感覚、また実年齢を聞かされて驚いたりもする。

  厚生労働省によれば、日本は平成19年、超高齢化時代に突入したという。昭和30年、男性63歳、女性67歳だった平均寿命が平成21年には男79、女86歳まで伸びたと発表されている。60歳で定年を迎えてもその後、20年から30年もの自由な時間があるということ。日ごろの健康志向に裏づけられて「元気な老年」がふえてくるだろう。

  本屋さんには「老い」のテーマの本がいっぱい。そんな中で歌人小高賢さんの「老いの歌」が実におもしろい。「91歳の妻が101歳の夫を詠んだりする時代。これほど〈老い〉を内側から詠むなんて1300年の和歌の歴史でも初めての事態でしょう」と語られる。

  土屋文明は平成2年、100歳で亡くなるまで現役歌人であり続けた。被爆歌人の竹山広さんは昨年3月30日、90歳で亡くなられ、「あな欲しと思ふすべてを置きて去るとき近づけり眠つてよいか」は万人に記憶される愛誦歌。掲出歌同様「足の機嫌とりつつわれは歩まんになにとぞ先に行つて下され」も明るく、あたまと足が別物のような感じで笑える。

  ひとけた、といっても大正6年生まれの宮英子さんの若さ、行動力にはいつも驚かされる。「半年も逢はぬ曾孫林檎(アルマ)ちやん走つて跳んでおしやべり四歳」をはじめ、毎年お一人でフランスに飛んでひこ孫と遊び、芸術を愛で、たっぷりと豊かな時をすごされる。超高齢化社会では孫は普通、曾孫ぞろぞろのめでたさである。

  「屈(こご)むとし立つとしわが身を支へ来し杖を寿命(いのち)の杖とし思ふ」昭和57年76歳で亡くなられた木俣修の作。宮柊二も晩年は会員に贈られたあかざの杖を愛用された。

  さて先日は県公会堂で、所属の短歌会があった。13首、その内の5人が80代の現役歌人だ。私の左側には被災地宮古から車でかけつけた北口博志さん「青年の就活婚活に悩む世に老い人たちは生活死活」。右側には女流の柴田キヨさん「わが昭和八十余年プリズムの悔と誇りの光は消えず」と堂々の境涯詠。そして私の両わきに、つやつやと光る杖が2本たてかけられている。思わず私もこれからの老後に立ち向かうべく、襟を正したことである。
(八幡平市、歌人)



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