盛岡タイムス Web News 2011年 11月 15日 (火)

       

■ 〈大震災私記〉48 田村剛一 巡回パトロール

 被災地の治安を守ってくれたのは、自衛隊や消防団だけではない。警察の巡回パトロールの果たした役割も大きい。

  家の前の道路が通れるようになってから、しきりに、他県ナンバーの巡回パトロール車を目にするようになった。

  朝、おいの家からわが家に戻ると、郵便受けに、パトロールの点検票が入っていた。「夜10時に巡回しましたが、異常ありませんでした」。そんな類の点検票。

  震災直後、空き巣や窃盗団のうわさが流れたが、それがいつかの時点にばったりやんだ。

  田の浜地区の知人から「家に残して置いたものが盗まれた」と後で聞いたところをみると、全く空き巣狙いがなかったわけではないようだ。

  盗みのうわさ話を聞かなくなったのは、自衛隊のおかげと思っていた。それは間違いないことだ。同時に、巡回パトロールの恩恵も大きかったのだ。

  最初は、静岡県ナンバーのパトロールカーだったが、いつの間にか、所沢ナンバーの車に変わった。その所沢ナンバーの車は、いつの頃からか、わが家の隣の空き地に必ず一時駐車するようになった。そこが、休憩地だったのか。半壊家屋が多くあったから、パトロールの重点地区に指定されていたのか、それは分からないがありがたかった。

  わが家は、本棚を立てただけの玄関扉。中に入る気になれば、それをどかせば簡単に入れる。しかし、近くがパトロール車の休憩地点と知れば、いかな窃盗団でも、わが家に近づくことはあるまいと思ったからだ。

  パトロール隊員は若い警察官だった。それで「みなさんは所沢出身ですか」と聞いてみた…。一時変な表情であったが「埼玉各署です」と素直に答えてくれた。

  私がこのパトロール隊に声をかけたのにはわけがある。所沢というナンバーを見てある一種の奇遇を感じたからだ。私の妻の実家が所沢にあるからだ。それで「所沢の出身ですか」と聞いてみたのだ。残念ながら所沢出身の警察官は一人もいなかった。

  この人たちを身近に感じたのはそれだけではない。妻の弟は3年ほど前に、埼玉県警を定年退職したばかり。名前を言ったが、知らなかった。年も違うし、義弟は刑事一筋の警察官であったから畑違いであったかもしれない。その息子と同じ世代のようだ。でもその名は言わなかった。

  それにしても、所沢ナンバーのパトカーがわが家を守ってくれたと思うと、目に見えぬ不思議な縁を感じないわけにはいかなかった。
(山田町)


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