盛岡タイムス Web News 2011年 11月 18日 (金)

       

■ 〈大震災私記〉51 田村剛一 女性2人はどこに

 私には、どうしても探し出してやらなければならない人がもう2人いた。どちらも女性。1人は「ばしょ」の奥さん。私の事務所を手伝い、当日、豊間根地区に行っていて、無事帰ってきたのはよかったのだが、わざわざ高台から家に下りて行って行方不明になってしまった。

  この人と最後に会ったのは、ばしょの隣りで肉店を営む主人。「津波が来るので一緒に逃げましょう」と坂道を下りてきた彼女に声をかけたそうだ。「家に大事なものを置いてきたので…」。それが最後だったという。それからすぐ津波はやってきた。肉屋の主人は助かったが、ばしょの奥さんは行方不明に。

  もう1人は、畳屋のおば。父の弟の妻である。息子の嫁と妹の3人、家にいたところを津波に襲われた。おばの妹はとっさに2階に上り助かったが、おばと息子の嫁、つまり、嫁と姑は共に行方不明。嫁が姑をかばって流されたのだろう。2週間後の3月26日、息子の嫁は旧山田病院付近で遺体で発見された。家から50bほどしか離れていなかった場所だ。流された後火事に遭ったようだ。その近くにおばもいるかもしれない。そう思い探したが見つからなかった。

  私は、家の片付けと並行して、連日、役場に通って、身元不明者名簿を閲覧した。2人とも、年齢は90歳と60歳で違うが、小柄で小太りという点では共通点がある。小柄、小太りという特徴のある女性を探すことにした。何せ、名簿には何百人という人が載っているので簡単ではない。

  何日かで、2人に似た人を見つけた。体型は2人にそっくり、80歳代の女性には腹に手術の跡があるとあった。おばにも同じ場所に手術の跡があると聞いていた。さっそくおばの娘、私にとっては従妹に連絡。

  ところが、「その人は違う」と即座に言われた。従妹も、その人については調べていた。「手術の傷跡が違う」というのだ。娘だから母親の傷跡はよく知っていたのだろう、最終的には、DNA鑑定をしてもらったが、違うと出たそうだ。

  ばしょの奥さんと、体格好がそっくりの人がいた。そして、その人には、体にほくろが多数あるとあった。なんとなく奥さんにもあったような気がして、夫に連絡。ところが「うちの家内にはほくろはない」と言われ、別人であることが分かった。この2人以外似たような人はいなかった。

  事務所に最後まで残った知人と合わせ、この3人は何としても見つけてあげたかったのだが、4月に入っても見つからなかった。
(山田町)

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