盛岡タイムス Web News 2011年 11月 18日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉51 八重嶋勲夫 その翌日、弟たちと鶯宿の温泉に行った

 ■猪川浩

  80巻紙 明治35年5月19日付
宛 東京本郷区臺町三六 東北舘 野村長一様
発 盛岡市四ツ家町六九 猪川浩拝
 
  (封筒の裏にあり)学校へ這入られしや、
  未だか矢張り這入って居る方が安心かも
  知れない。クランマの本ハ出たら御願ひ
  致しマす、この中に僕も都合して君の方
  へ送金する積りた、中へつくる忘れたか
  ら表へおいて皆に知らしてやれと思った
  アハ…、
   タッタ今家に帰りて君の手紙を見た、
   新聞が行ってますか、運動会の新聞ほ
   しければいってよこすべし
 
  (上部欄外にあり)読みなほさず家で書
  いた所といそがしく盛岡でかいた處とあ
  る又コウドク事件で奔走せずハならぬ様
  なり、僕ハ今四方板ぜめナリ、穴かしこ
    キン舟大兄        キ人拝
 
謹啓十三日ハいよヽ本校創立記念春季大運動会を校内にやった、その盛大なる事近来稀なもので、去年の比にも非ずでしたが、此等の事を無味乾燥に申した所が、手紙でもない実際書く時ハ兄に接する積りで居るんだからこの景況よりも人の噂よりも自分の此頃接近して得た考へ出した事を兄に什分語り明すのが嬉しい位いで手紙をかき乍ら泣いて手紙を読みながら泣くのである、大方恋文といふ者で、想像が出来る筈のもので御互ひに泣きもし泣かせもするので興がある、益々難くなるので堂々天下を活歩して晴れの場所まで漕き就けたら何んでもないかも知れぬ、面白みはこヽであるであるから、東京は今藤の盛りて亀井戸の太鼓橋はどうだ名物の團子はどうだ、やれ牡丹かどうした、端午ハ過きだ、何でもない事聞いたっきり見たっきり人の前へ出て御世辞の仲立ち位ひに過きない、それより議論宜し、教訓好し、自分がどれ丈嬉しいか知れたものでないで自分も成丈外の事ハ措いて兄と悲しむ事楽しむ事をいふのである、従って乱暴な事も僭越でもあろふが一向不関焉でのさばる積りた、可憐相な奴と思ったら親切に諭して被下上はないのである、

十三日の運動会、十四日の杜陵吟社例会が了んで暫くで父母の膝下に参るのであった、その翌日十六日ハ小雨ふるも関はず弟と鶯宿の温泉へ行った、十町か十五町位あるか、到りて近いから自然湯屋(セントウ)に行く積り、途中の景色は又特種(殊な)もので所謂山水岩石的だ、島国的だ、火山的だ、彼の洋々たる蒼海の如き蒼もの如きものでハない温泉場ハ小瀟洒(コさっぱり)した清潔なもので、よく名に相應して居ると思はれたが、さて論ずべきものはこれから起るのた、美人探検、艶物語敢て羨み玉ふ事勿れ、キ(箕)人それかしに艶福な事ありた倒しなしだ、

湯が熱い通常な事だがこう云ふ主義をもって、女湯から女は残らす自分の方に移ったものである、この中いち早く手の慧眼に映した雄物は何であるか、勿論天性の美貌飾らずと雖も、都人士の容易に及び易しからざる□緻を供へたのである、豈に丈夫心なからざらんや、恍惚としてこれに見とれたのであった、人の前もある事と思って石垣の上に立って、鶯宿川の雨と交互眺めてあかず、大方渠水は衆人を耻ちて居る一偏に衆眸を遮けんものとこれつとめたものヽ、如くふくやかなる肉つきこの時端しなくも嗚呼曲線画よと叫ばんとしたのである、
  (この手紙は続きます)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします