盛岡タイムス Web News 2011年 11月 21日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉46 照井顕 澤田博史の肥前大村耕し隊

 山の展望台から海を眺めれば、なんとなく陸前高田の美しかったあの風景が思い出される長崎県大村市。高田松原ならぬ、大村湾松原地区に住む友人・溝田博史(61)さんから、生そばが送られて来たのは昨年の12月だった。

  彼の話によれば、「昨2010年の春、年老いてきた母のために実家に戻り、近くの耕作放棄地だった11枚の小さな段々畑を借り受け開墾し直し、そば畑に再生した。その畑で収穫したそばを手打ちしたもの。」と言うことだった。

  肥前おおむら耕し隊(松原班)なるものを立ち上げ、松原地区に分散する5カ所のそば畑をめぐる「ソバの花鑑賞トレイル」を開催。参加者による写真、手芸、詩歌コンクールなどを新ソバ打ちの時に発表するなどのそば文化祭、皆で行い盛り上がっているのだ。

  9月の半ばに種をまき、1カ月後に花の観賞、その1カ月後の収穫、さらに1カ月後の12月にはソバ打ち体験や、年越しソバ打ち教室など開催し地区から喜ばれている様子。

  彼はかつて、毎日新聞社が刊行していた「月刊・農業富民」の編集長だった。彼が住田町へ来た時見せられた本をパラパラめくって、「農業雑誌とはいえ音楽のページが全然ないんじゃ総合誌とは言えないんじゃない」と言ったら「では音楽のページを作りますから担当してください」と言われ「音楽の種まき」というレコード紹介を毎月4枚。それに「日本ジャズの原風景」という「ジョニーの写真帖」を1枚見開き2nに掲載させてくれた(平成元年〜4年)。彼が5年勤めた編集長の後3年間だった。

  彼と初めて会ったのは、昭和の終り頃。当時、全国に知られた「住田型農業」を実践していた時の佐熊博・住田町長や佐々木繁吉助役、のちの町長できのこ博士の菅野剛氏などと一緒に、オレゴンへの農業視察団で行った時で、同行取材をしていたのが彼、溝田博史さんだった。

  僕はその時、住田で羊の牧場を開いていた種山ケ原共働の故・稲葉紀雄氏に連れられてのお相伴旅行。オレゴン州知事室に掲げられていたジーンズ姿で2人の子供が立ち話をしている写真に添えられていた文字「長いこと農業やってんだってね」は今も鮮明だ。
(開運橋のジョニー店主)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします