盛岡タイムス Web News 2011年 11月 24日 (木)

       

■ 〈肴町の天才〜春又春の日記〉44 古水一雄 第35冊「いと屑」

     
  通巻第35冊「いと屑」  
  通巻第35冊「いと屑」  

 通巻第35冊「いと屑」は、明治41年2月1日から3月31日までの日記で、筆で書かれている。題名の由来は、次のように説明されている。
 
      はしがき
   一月の日記をとぎれいとゝ云ふ、とぎ
   れたるそのかたはしの糸もつれにもつ
   れてくづとなりたりとてかく名つけた
   り
    いとくづ遂に吾がシヤツのヒゴも縫
   ふあたハず
     二月あけて
      たたら やまひと
             しるす
 
  失恋の残響は次のように綴られている。
 
   (三月九日)
   渡るまじと思ふたが足ハ上の橋ニ進む、
   とぎれ糸だと知る橋を渡つて来て余と
   すれ違ふた、余と彼女と元来路上右往
   左往之人であつた、今しやアカの他人
   だ、アゝ千古万古の他人なのだ、袖す
   り合ふも多少の縁だ、只とぎれ糸のと
   ぎれたと思へばこそ思ハじとする悶え
   も起こる、もとより一筋の糸ニあらぬ
   吾れと彼れの、一筋の糸にあらねバあ
   れねばと思ふて橋を渡る、折れた足駄
   の歯は橋を渡るとちぎれて落ちた、彼
   女は落ちた足駄の歯のよなものだ、橋
   を渡りこしてアゝと思ふた、又雪が紛
   々落ちて来る
 
   (三月二十二日)
   時経なバ忘れんものと初めは思ふた、
   時経てハ益々つらくいよゝこいし、忘
   れんとする程かなしきことあらず
 
  失恋の痛みを癒やすかのように、同級会に参加し、自宅を会場に句会や短歌会を頻繁に開いている。2カ月の内に杜陵吟社が3回、杜陵短歌会が2回、そして論語例会にも出かけて行っている。

  さらには、同級会にも進んで参加をしている。
 
   (二月九日)
   夜、多賀亭の中学同級会に望(ママ)
   む。杯磐狼藉、徳利交倒の頃二嬌兒来
   る、一はよく舞ひ、一はよく謡ふ、桜
   井君の醉歌、鼠入君の醜態、一座絶倒
   す、歓楽長不可座、十時窃かに去る、
   舊(旧)交を酒に温む、酒醒めて舊交
   なし、舊交ハ説かず余は玉子酒をうま
   きものに思ひぬ、
 
  同級会に参加はするが決して心からうち解けているわけではない。いつものことだが大勢の中に交わってもどこか醒めているのである。

  同級会は2月16日にも開かれた。
 
   同級会を清泉館に開く、會するもの二
   十余名、五先生を招待せしに只佐藤先
   生来る、点燈、配膳配酒、興を盛んに
   するもの座に七紅裙(意:芸者)あり、
   満堂一夜の春、故友互にその醉を笑ふ、
   玉杯頻りに飛び、徳利交〃倒る、紅妓
   緑妓時に舞い時に唱ふ、花奴と云ふあ
   り、嘗て碧先生と師走のいとまを惜し
   みしもの、之と対す、
 
   君と対すそゞに思ふ師走の句
 
    十一時散会、
 
  この日はどうやら最後まで残ったようである。花奴という芸妓が座敷に呼ばれていたこともあって居心地がよかったのだろう。花奴は、明治39年暮れに盛岡に河東碧梧桐が来たときに相手を務めた芸妓の一人である。「之と対す」とあるところをみると二人でそのときことなどを語り合って懐かしんだのだろう。


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