盛岡タイムス Web News 2011年 11月 25日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉52 裸体芸術とはいかなるものか

 ■猪川浩(前回よりの続き)

  80巻紙 明治35年5月19日付

宛 東京本郷区臺町三六 東北舘 野村長一様
発 盛岡市四ツ家町六九 猪川浩拝
 
実際今の今まで裸体画を唱導したものヽ、オカメ八目的で必竟日本画を排拊したに過きなかった、然るにこの浴中眞の肉慾を離れて階級社會貧富貴賎を抛棄してこの美人を得たのである、世の学者がいふ裸体画は曲線美よやれ神に模型する人工でなった衣服を着せぬ、即ち天賦の美を発揮する、それも好かろふが此れより更に神聖な神聖な天賦の肉体美を発見した誰れでも凡で(て)そうである、今の世は概して左様である、貧富貴賎で第一その容色が見劣りする、少しはおでこでも鼻の低いのも、でっ歯でもお多福でも何でもハイカラにスタイルを取りて鰕茶式部リボンのと、こってりやると其處は男はでれなもの、好し悪しに関らず、直く低頭平身、女尊男卑、時としてやらかすのだ、それから社會が違ふと異ふ考へて東夫の娘はいやでも藝者にハでれめくといふ様で、著しいケンカだ、それから階級もそうだ、高家のレデーなら少しはバラ嗅さかったりバッタ嗅さかったりしても、大工の娘よりハ遙か好いと信じて居る、それもその筈た、一方が英吉利イチョーでリボン、鰕茶で唱歌でバイオリンで音楽会舞踏会で茶の湯で立花で禮義で蟹文字で眼鏡である、こっちハ高島田で簪で前垂で端唄で義太夫で三味で太棹でお復習で裁縫師でお芝居で寄席で竹本であるから、その差天壌の所でハない卑下するものハ馬鹿に卑しむ此に於て人間もその階級職業に依って詰らない職業に貴賎なしと信つヾ(ヽ)猶ほ斯の如しだ、この時眞に人間の價値の定まる所は何處であるか、平等無差別の場合が何時であるか、彼の涅槃の彼岸に達した時であろふ、この時佛弟子維摩(?)諸物を戒めて奇なる哉、諸物皆佛相なりと云って煽動て廻した事がある、そんなもんで眞個神聖な人間に成ろふとするにハ平等無差別な時代である、即ち湯壺内に居る人間に何時階級社會貧富貴賎の差別あった例しがあるか、渠等は天賦の肉体美を携して静かに何物にか注目して居るのである、神聖なり美なり平和なり平等なり円満なる一家族一社會の理想はこれであると自分は左様思ってその女を非常に恋しくなったのであった、敢て僕があんまり白眼めたから消える様に成って去った譯のものでないが連れの二人と相合傘で行った、その時身にハ天賦の肉体美玲瓏玉の如き肌をおしげもなく包んだ賎しい布子であった、僕がその失望さい前その容貌を以っつて察するに高家のレデイを以ってした、嗚呼此に於て彼れが光輝一層なるを覚えたのである、自然なる哉、天賦なる哉を連呼せざるを得ないで切めてもの手向けに世の学者がいふ裸体美より他に予が着眼した事とヽ兄に示して批判を乞ふ積りである、予は久しく空論にあきたるの時実際この恍惚として心酔する程の美人を見た事であった、それからこの理論を発見した、実にうれしくってたまらぬ、世におかしい女おもしろい女趣味ある女興ある女は度々接したがこれ竹神聖神の如き少女を見た事ハない予ハ今惚けを言ふものにあらず、兄よ幸に兄が裸体美を予に示し玉へ、

○黒百合を読みだ待ちに待ち焦がれて居たのであるから一車千里の勢で読んだが、さて要領を得ぬと来て考へ出す始末、これから批評するから僕にこん度の手紙で教えてくれ玉へかし、かしとは願ひの儀と知るべし、前半は描す事細やかで後半は踈漏の気味がある、実際の上から言ったら冗長な點が度(沢)山あるか、その繿縷(ボロ)を見せぬのは鏡花小史の独特の長かも知れぬ、所謂君が非常に讃美する未波は僕が最う少し細抒して貰ひ度かったのである、この点について僕は全篇通じて散漫だと罵って置かねバならぬ、想はつと舞臺をかへて人目を誤魔化したんぢゃあるまいかと思った(細評は次号として君と議論する積りた)、それに新聞小説だから面白くと許り書いたんぢゃあるまいかとも思った、何ンにしろ未波の「実さん堪忍して!」といふのか主眼か理屈をこねると大変たが餘白かないから次号にして何時でも鏡花は人を厭かしめずといふ点について感心している、

○秋皎事件で挿雲が=箕人兄よ余を菫舟君と親しく人格を照らし合せたる中ノ最近の友人なり、君が菫舟に口どめセし事柄を更に同君よりつばらに聞くの栄を得しなり、(之より下は両兄へ)ねがはくは秋皎が近時の行蹟をしらしめ玉へ、余は弟に酷似セる俤に酔ひて人格問題を無視する者に非ず、彼を我が友人中より除くも除かぬも君等の』として僕と炎天に葉書が来た、実事の眞相をたしかめす君等に言ったのは悪かったが、眞相を知らんとせバ自分も勢ひ茶屋遊び否或る連中に交際せんければならぬ馬鹿な事、只自分がそれらが連中より確かたといって知らせたから覚えた位に過きぬ、一向こんな事ヘハ係らぬつもりだ、怎々でしょう、兄の御意見一言かし玉へかし、挿雲へも言ってやろふか、秋皎先日大いに怒ったと見えて大変いかめしい手紙を僕と炎天に寄せて曰く「いかに手紙の材料がないと言って世の埒ない噂を本記にしてやるとハ不埒千万だなとゞ怒鳴ってかい心した言ってよこしたどうするか知らしてくれ玉へ、待上け候、(この手紙は続きます)

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