盛岡タイムス Web News 2011年 11月 26日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉238 岡澤敏男 再生を喚ばう柏・サハシギ

 ■再生を喚ばう柏・サハシギ

  賢治作品の中で〔そのとき酒代つくると〕のように不貞の妻が密夫のもとへ奔るという不倫なドラマを扱うのは他にみられない作品です。下書稿(一)をみれば不倫の相手の呼び名を「仇し男」↓「密夫」↓「みそかを」と変えながら「重瞳の妻はあやしく/仇し男のおとづれ待てり」と表現している。ところが下書稿(二)になって「仇し男」の名は隠蔽し「そのときに重瞳の妻/はやくまた闇を奔りて」と改作し、「重瞳の妻」が「闇を奔る」ことで不倫関係を辛うじて暗示させている。このフレーズを微修正したのがつぎに示す起承転結による四連形の定稿です。

    ◇   ◇
 
  そのときに酒代つくると、/夫(つま)はまた裾野に出でし。
 そのときに重瞳の妻(め)は、/はやくまた闇を奔りし。
 柏原風とゞろきて、/さはしぎら遠くよばひき。
 馬はみな泉を去りて、/山ちかくつどひてありき。

    ◇   ◇

  第一連・第二連で「柳沢の男」が破滅型の夫婦に転落した「終いの姿」を描写している。このままでは、やがて妻への猜疑心をつのらせ「滝沢の女房殺し」の二の舞になる恐れがある。賢治は地獄の夫婦に「蜘蛛の糸」を垂らして救おうとしている。それが第三連・第四連のフレーズで、特に転句の第三連「柏原風とどろきて/さはしぎら遠くよばひき」に、葉守りの神が宿る柏林のざわめきと、サワシギが遠くより煩悩に狂う火宅夫婦へ再生を呼び掛けているのです。また第四連は柳沢の泉から野馬を遠く山裾に隔離させ、盗みをさせない配慮をしているのです。

  こうして大正6年に遭遇した短篇「柳沢の男」は、昭和8年の文語詩稿〔そのときに酒代つくると〕をもって16年にわたるドラマの幕を閉じたのでした。

  賢治はもう一人の「柳沢の男」について、その「終いの姿」を昭和8年の「文語詩未定稿」の「秘境」に発想しています。その男は滝沢御料地の馬番をしていた理助のことで、首に巻く「欝金の切れ」が「旭川の兵隊上り」の素姓を語るのです。

  文語詩稿「秘境」は童話「谷」の内容をリフレーンしたものとみられるが、「秘境」(「下書稿」)には「谷」にはなかった理助の北海道の牧場へ転勤する理由を暗示しています。

  大筋はすでに232回「ハギボダシと馬番の理助」から234回「仙北町の人殺し事件簿」のなかで考察しているので省略するが、理助の北海道の牧場(新冠御料牧場)への転勤は、理助の妻が「塩魚の頭」を食べて不審死をとげたことに関係するらしい。下書稿第六連に次のフレーズがみられる。

  まがつみはかしこにぞあれ
  塩魚の頭を食べて
  わが妻のもだえ死せるに
  われ三月囚へられにき

  不審死の原因が塩魚の頭(「鮭のいずし」)に寄生したボツリヌス菌によるものと判明するまで、理助は毒殺容疑で3カ月も刑務所に拘禁されたものらしい。

  理助は晴れて無罪となったが、冤罪にせよ事件に関係したという理由で北海道へ転勤することになったと思われる。これがもう一人の「柳沢の男」の後ろ姿だったのです。

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