盛岡タイムス Web News 2012年 1月 7日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉244 岡澤敏男 幻の藁酒のナゾ

 ■幻の藁酒のナゾ

  賢治が発想した藁(わら)酒とはどんなものだったろうか。藁酒は大正13年8月に花巻農学校講堂で、生徒たちに演じさせた自作のファンタジー「ポランの広場」のト書きに(紳士教師のコップに藁酒をつぐ)とあるのが初出です。

  この劇のシナリオと同時に書かれた童話「ポランの広場」(「ポラーノの広場」の先駆形)に、山猫博士(デステゥパーゴ)の馬車別当が「咽喉(のど)を一つこきっと鳴らしてあゝ早くポランの広場に着いて上等の藁酒を一杯やりてい」とある。

  この童話を昭和2年頃に改作したとみられる6章構成「ポラーノの広場」での第2章「つめくさのあかり」の馬車別当が「ああ上等の藁酒をやったからな」とのどをくびっと鳴らしているが、第6章「風と草穂」の中で次のように、この藁酒の意外な正体を漏らしているのです。

  藁酒の醸造所の前身は木材から木酢を乾留する工場で酢酸・メチルアルコール(木精)・アセトンなどを出荷していたが、市場がよくないので乾留工場を閉鎖して酒類の醸造所に転用したものだという。

  「あの工場からアセトンだと言って樽詰めして出したのは、みんな立派な混成酒でさあ。悪いのには木精もまぜたんです。その密造なら二年もやってゐたんです」とデステゥパーゴの部下に証言させています。ポラーノの広場で飲ませた酒(藁酒)もその密造した混成酒であるというのです。混成酒とはどんな酒類なのか。

  日本では酒税法によって酒類を10種類(清酒、合成清酒、焼酎、みりん、ビール、果実酒類、ウイスキー類、スピリッツ類、リキュール類、雑酒)に分類しているが、これら酒類は製造法から醸造酒、蒸留酒、混成酒の三つに大別されます。

  この中の一つが混成酒という酒で「リキュール、合成清酒、薬味酒など、醸造酒や蒸留酒や適度に薄めたアルコールに、薬味、甘味料、香料、草根木皮などを混和してつくる酒」というから、簡単にこれが藁酒だとは特定できかねます。

  賢治は藁酒を混成酒であるとしか説明していないから「藁酒の正体」をあばくのは推理をもって追跡するより手がありません。賢治は、いったいどのような製法で作られた「藁酒」を想定したのでしょうか。

  そこでキーワードとして想起されるのは「藁のオムレツ」の製法のことです。それは藁を細かに刻んで水に漬け、アクだしをしてから乾燥させ、それを摺(す)って粉にしたものに糯(もち)米の粉をまぜて搗いた「藁餅」がベースとなっていると推定しました。

  それをバターで薄く焼いた鶏卵で包めば、どうにか「藁のオムレツ」らしい料理にたどりつくのです。そしてこの「藁餅」を「しとぎ」にすれば、太古の「口噛み酒」の製法のようにでんぷんを糖化し、外部から取り入れた酵母によってアルコール発酵をうながし、やがて「藁酒」が醸し出されることが想定されます。

  つまり「藁酒」の醸造原理とは「藁餅」の「しとぎ」化にあるのです。山猫博士のデステゥパーゴはこの原理に着目し、不足する糖分やアルコール、香料を加味して製法を工業化することにより「藁酒」の量産をはかったものとみられます。

  何よりも大量の藁の粉を原料にしたおかげで「藁酒」は安価に醸造できたのです。だからデステゥパーゴは「ポラーノの広場」で選挙運動をかねて選挙民に対して「藁酒」の大判振舞いができたわけなのでしょう。黄色い「藁酒」はどんな味わいだったのでしょうか。


 ■童話「ポラーノの広場」第6章の抜粋

「はてな、財産はみんなあの乾留会社にかけてしまったと言ってゐたが。」

「どうして、どうして、あの山猫がそんなことをするもんですか。会社の株がたゞみたいになったから大将遁げてしまったんです。」

「いや、何か重役の人が醸造の方へかゝらうとして手続きを欠いて責任を負ったとか言ってゐたが。」

「どうしてどうして、酒をつくることなんかみんな大将の考なんですよ。」

「だって試験的にわづかつくっただけださうぢゃないですか。」

「あなたはよっぽどうまくだまされておいでですよ。あの工場からアセトンだと言って樽詰めにして出したのはみんな立派な混成酒でさあ。悪いのには木精もまぜたんです。その密造なら二年もやってゐたんです。」「ぢゃポラーノの広場で使ったのもそれか。」

(以下略)

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