盛岡タイムス Web News 2012年 1月 15日 (日)

       

■ 〈大震災私記〉93 田村剛一 津波と保険

 わが家は、がれきが撤去される前から、家に戻りたいの一念で、復旧作業に取りかかった。それも、みんな家族の手作業。

  そのうち、がれきが撤去されると、周辺の家々でも、大工を入れての本格的な復旧工事に取りかかり出した。

  そんな折「住宅の応急修理に52万円の補助が出るそうだ」という情報を耳にした。

  さっそく役場に行き、その情報を確かめた。「避難所で説明しているから、みんな知っているはず」と担当者は言う。ここでも、在宅避難者は差別されていたのである。

  ところが、この応急修理費、被災者に支払うのではなく、工事を請け負った事業主に支払うというもの。さっそく、知り合いの大工を呼んで、玄関戸、風呂場の修理を頼み、申請書を出してもらうことにした。

  そのころ、見知らぬ会社員風の人の姿を見るようになった。あちこちの家に寄っては、壊れかかった家を眺めている。なのに、私の家には寄らない。何か差別されているようで気になり、通りかかった一人に「何をしているんですか」と声をかけた。すると、保険会社の調査員で「査定をしているところです」と言う。

  これで、私の家に寄らない理由が分かった。私は自宅と向かいの事務所の二つに火災保険はかけていたが、地震保険はかけていなかったので、保険の対象にはならなかったからだ。
  「地震保険に入りませんか」。12年前に自宅を新築した後、そう声をかけられた。でも、それを断った。

  「ここまでは絶対津波は来ない」。明治の大津波を経験した祖母、昭和の大津波の経験者である父からも、そう言われて育った。そして、チリ地震津波を自ら体験。この三つの津波の被害を受けていない。その判断に立って地震保険には入らなかったのだ…。

  それから間もなくして、私の入っている共済組合から「見舞い金」の支給の知らせが届いた。申請書を出すと、自宅には涙ばかりの見舞い金が届いたが、事務所の方には一銭の見舞い金も届かなかった。その理由を電話で聞いたら「これはあくまでも被災者に対する見舞い金で、建物に対する保険金ではない」と言われ、がっかり。くやしいやら情けないやら、悔やむことしきりだった。

  この火災保険、もう一つ問題になっていたことがあった。今回の火災は津波が原因。それで火災保険は適用にならないといううわさ。火災で家を失った人が黙っているはずはない。どのように決着したか、結論はまだ聞いていない。「地震保険(自然災害保険)に入るべし」を実感した今回の津波でもあった。
  (山田町)


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