盛岡タイムス Web News 2012年 1月 18日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉264 伊藤幸子 映画の醍醐味

 夜もすがら水鶏(くひな)よりけになくなくぞまきの戸口に叩きわびつる
                                        紫式部日記
 
  映画「源氏物語」を二度見た。先月、封切日に見て、期待にたがわぬ豪華絢爛な平安絵巻の世界に圧倒され、再度物語の細部を確認したくて年明けの映画館に足を運んだ。クイナの場面をもう一度見たかったのだ。薄明の画面に激しく水面を叩くような鳴き声、アッ、クイナだと心が騒ぎ、しだいに近づいてくる男性の姿に目をこらす。誰あらん、この君こそ土御門(つちみかど)邸の主、藤原道長その人である。ハッと身構えるは紫式部、霧のような、夢のような愛の場面の美しさ。

  「紫式部日記」でも私はこの部分が大好き。夫、藤原宣孝の没後、一条天皇の中宮彰子に仕え、「源氏物語」を書いたといわれる紫式部。女児賢子(のちの大弐三位)を育てつつ彰子サロンにつとめていたある夜、彼女の局(つぼね)の戸を叩く音がする。

  「おそろしさに、音もせで明かしたるつとめて(早朝)」、掲出の歌が置かれてあった。「せっかくお寄りしたのに、戸をあけてくれないので、一晩中泣き泣き戸を叩いていましたよ」とあり、筆跡からすぐ道長とわかった。

  「ただならじ戸ばかり叩く水鶏ゆゑあけてばいかにくやしからまし」紫式部の返歌。(ただごとではない叩き方でしたけど、ほんのつかの間ばかり戸を叩いただけの水鶏さんに、戸をあけたらどんなに後悔することになっていたやら」と、拒絶する。

  映画では紫式部を中谷美紀、道長役は東山紀之で「あけずばいかにくやしからまし(拒絶しない)」の趣で、それなりに納得できる筋立てだった。中宮彰子の父藤原道長は今や「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と詠いあげる権力の頂点に立った。

  総工費2億円ともいわれる琵琶湖畔に建設された「土御門邸」のオープンセット。丸柱の太さや柱間の間隔まで当時の資料通りに、太さ1尺の丸柱を200本も使ったとのこと。また、光源氏と頭中将が「青海波」を舞う場面は「えさし藤原の郷」での撮影の由。源氏「紅葉賀」の巻では二人の舞を桐壺帝が絶賛された。それが鮮やかに再現、映画芸術の醍醐味である。御所の政庁を埋めつくす紅葉のきわみに、源氏(生田斗真)、頭中将(尾上松也)の絶世の舞であった。やがて橋の両側から紫式部と源氏の君が歩み寄り、すれ違うラストシーン。向こうにはあまたの牛車の片車輪の図。行くさ来(く)さ、そくそくと一千年の人の息合いに酔いしれた。
(八幡平市、歌人)

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