盛岡タイムス Web News 2012年 1月 21日 (土)

       

■ 〈大震災私記〉98 田村剛一 旧交復活2

 旧交復活といえば、忘れられない人がいる。突然、その同級生から手紙が届いた。

  「この度の東日本大震災で被災され、心からお見舞い申し上げます。突然の便り(清水丘高卒業以来初めて)ですが、田村剛一さんが被災された旨のメールを七期会のホームページで拝見し、ビックリしました。ご自宅等災害にあわれ、お孫さん宅に身を寄せていたとのこと大変だったと思います。私は高校卒業後、すぐ三洋電機北海道営業所に入社。60歳定年退職まで、北海道勤務のみで終わりました…」。手紙の中に見舞金が入っていた。

  高校卒業以来初めての便りというから、55年ぶりの音信ということになる。私は高校卒業とともに北海道を離れた。その後、同級生と会うことはなかった。卒業後30年ぶりで会ったのが、新潟に住む友人。「俺たちは、室蘭発日本海だ」といつも言う同級生だ。

  でも、55年ぶりに手紙をくれたこの同級生、実は忘れたことのない一人である。確か洞爺の方の出身で、汽車通をしていたようにも思う。一度、廊下で相撲を取ったことがある。なかなか腰の強い男との記憶がある。確か陸上部に所属していたのではなかったか。

  私が、この同級生を忘れられなくなったのは、それから20年ほど後のこと、北海道に同僚たちと研修旅行に出かけたときのことだ。札幌の時計台を見た後、駅に向かって歩いていると、一人の男と目が合った。見たことのある顔、でも思い出せない。すれ違って、20歩ほど歩いた後、後ろを振り返ると、その男もまた振り返って私の方を眺めていた。その後、同級生の一人に違いないと思った。その時、巻だ〓と思った。戻ろうとしたが、私一人ではない。列車の時間もあった。それに、同級生と思われる男の姿も人波の中に消えた。研修旅行から帰った後、手紙でも出そうかと思ったが、住所も不明で出さずじまいだった。

  高校時代の同期会から初めて連絡があったのが5年ほど前。たまたま札幌に住む従姉から、「剛ちゃんの名前が同窓会名簿から消えているよ」と言われびっくり。50年以上も連絡が途絶えていたので、死亡したと思っていたのだろう。さっそく同窓会に「生きている」と連絡。そこから同期会に連絡されたのだろう。登別温泉で七期会の総会を開くという案内状が届き、初めて同期会に出ることにした。

  懐かしい旧友に会える。そう思い、登別へ出かけたのだが、親しかった旧友は一人も出ていなかった。その彼が、どんな思いで私にお見舞いをくれたのか、いつか会って聞いてみたい。せっかく旧交が復活したのだから。

(山田町)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします