盛岡タイムス Web News 2012年 1月 28日 (土)

       

■ 〈大震災私記〉104 田村剛一 コミュニティーの崩壊2

 愛宕地区で辛うじて残ったのが後楽地区(旧寺小路)。この地区は、1区から4区までが愛宕地区に入っている。愛宕という名称、公的なものではない。公的名称で使われているのは、愛宕地区自主防災会ぐらいのもの。他は中央・後楽子供会のように後楽・中央が一般的。だから、愛宕を知らない人は、町民のみならず地区民でも多い。

  後楽町は津波で残ったものの、逆に津波で分断されたともいえる。1区と2区は大きな被害を受けたが、3区は少々、4区はほとんど受けなかった。犠牲者は1区3人、2区4人、4区は1人、この人はよそで被災した。

  私は1区の住民。アパート住民を除き、常住世帯は21世帯。小規模町内会なので、まとまりがよく、地区の清掃、祭りの場の幕張なども協力してやってきた。

  このまとまりのあった町内会も大津波で分断された。21世帯のうち、全壊家屋10、大規模半壊4、ほとんど被害を受けなかった家屋7。その他全壊した空家や事務所は4。住民の犠牲者は3、そのうち2人は他の場所で犠牲に。

  4月行政区長が交代した。電気のついた折を見て、新しい区長の所で町内会の運営について話し合うことになった。そこに集まったのは、全壊住民2人、大規模半壊2人、浸水被害を受けなかった4人、合わせて8人。

  今後の町内会運営は、この区に残る11世帯で構成することにした。ただし、冠婚葬祭については、今までの積立金を使うので、全壊で避難した人たちにも適用することにした。その主な例が亡くなった時の香典。

  協議が終わって懇親会。その席で役場職員が被害状況を調査していることについての話が出た。

  「宮古では1・8bの浸水で全壊にしたそうだが、山田では2階まで浸水しないと全壊にしないそうだ」と言った人がいる。

  その話は、私も耳にしたことがある。そこで「自治体で被災基準が違うのは問題だね」と発言した。当然、声のながれは、その方向に向くものと思っていたがさにあらず。

  「結局、義援金がたくさんほしいからそんなことを言うのでしょう」となった。義援金が該当されない人たちにとってみれば、そのように思えたのだろう。「大規模半壊といっても、家が残ったのではないか」「義援金をたくさんもらうために、家を壊した人もあるそうだ」。その真偽のほどは分からないが、どれもほかで耳にしたことのある言葉。

  大震災は、人的、物的被害を与えただけでなく、住民の心にもいやしがたい亀裂を生んだようで気になる。あの和気あいあいの町内会に戻ることができるかどうか。

(山田町)


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