盛岡タイムス Web News 2012年 1月 30日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉56 照井顕 渡辺浦人の原体剣舞連

 ある時「ジョニー」に荒川チサトさんという方が来て、「東京へ来ることがあったら、ご連絡ください、ぜひあなたに会わせたい先生がいるから」と言って帰った。

  それから1、2年後くらいに上京したおりの1984年7月7日。荒川さんに連れられて行った所は、文京区目白台にあるクラシックの作曲家・渡辺浦人氏(当時74歳)の自宅だった。

  玄関を入るやいなや「あなた岩手だってね」と、笑顔で迎えてくれた渡辺氏。「先客の女性たちも岩手だよ」と紹介された方は、沢内出身で都内小学校の音楽教師・大川光子さんと音大生で北上出身の高橋由紀枝さんだった。

  そこで、渡辺氏が作曲したという宮澤賢治の詩の数々を、大川さんの感動的な歌で聴いた。(のちに、花巻・宮澤賢治記念館に大川さんのそれらの歌が、カセットテープで収められている)

  渡辺浦人氏(1909〜94)は青森県生まれ。東京音楽学校でバイオリンを学び、東京教育交響楽団で当時の指揮者であった山本直忠(山本直純の父)に作曲と指揮法を学び、その後、山本氏の後任指揮者として37年から18年間就任。名古屋芸大教授も務めた。

  彼の作曲した代表作に交響組曲「野人」がある。41年に初演され「毎日音楽コンクール」で第1位と文部大臣賞をW受賞。多くの管弦楽曲、室内楽、オペラ、吹奏楽、協奏曲、映画音楽他に校歌なども数限りなく作曲している。

  僕が少年の頃の記憶に残る「まぼろし探偵」「赤胴鈴之助」などもそうだったし、身近なところでは、たしか?都はるみと新沼謙治が歌った「大船渡音頭」「大船渡小唄」をEP盤レコードで持っていて聴いた記憶がある。

  帰りに渡辺氏、荒川さん、僕の3人で駅まで歩いたあの日、「照井顕様・渡辺浦人」とサインを入れて僕にくれた2枚組LPレコード「交響楽で語る日本の心」は、今でも大切な僕の愛聴盤。特にも「野人」と一緒に収められている「交声曲・原体剣舞連」(作詩・宮澤賢治)の曲は、1970年頃、賢治ゆかりの地を旅して作曲した3楽章からなる混声7部合唱曲。「ダッダッダッダッ、ダースコダッタ」の太鼓の音を児童合唱だけで表した第1楽章を聴きだすと「我々の音楽は民族の原始性から出発することによって世界化する。これが私の作曲上の理念です」と言う氏の言葉が必ず浮かんで来る。
(開運橋のジョニー店主)

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