盛岡タイムス Web News 2012年 1月 30日 (月)

       

■ 〈大震災私記〉106 田村剛一 火事騒ぎ

 突然、消防車のけたたましいサイレンの音が近くでした。何事だろうと思い、玄関を飛び出すと、防潮堤の海側から、黒い煙がもうもうと立ち昇っている。

  「火事だな」と思いすぐ海に向かった。火事だとしても民家はないから心配も少ない。

  防潮堤の水門は開けられていたので、そこから海岸に出た。黒い煙の元は、たき火。がれきを集めて、それを燃やしていた。その煙は数日前から見るようになった。

  作業小屋の周りには、消防車や消防団員、そして大勢の漁師。

  「何があったの?」顔見知りの漁師にそっと声をかけた。

  「何がなんだか分からないが、たき火を火事と間違えたんじゃないか」という。

  町の消防署員に改めて聞くと「たき火の届け出がなかったので…」という言葉が返ってきた。がれきを燃やす時には、消防署に連絡するようになっていた。その時、連絡係の漁師が休んで、連絡しなかったのが、火事騒ぎを生んだようだ。

  海岸でこんなに多くの漁師の姿を見るのは震災後初めて。数日前までに、海岸に出ても人影がなく不気味だった。カキやホタテの処理でいつもにぎわっていた作業小屋は、鉄骨がむき出しになり、それに漁具や漁網がひっかかり、まるで幽霊屋敷を見る思いがした。

  震災1週間後、不明者でもがれきの中に埋まっているかもしれないと思い、小屋の中をのぞいて見たことがある。がれきが散乱して足を入れる余地がない。それにもし、見つけたらどうしよう。そう思い、周りを見渡した。ところが、震災前までは、作業する漁師や散歩する人でにぎわっていた海岸。その海岸、震災後、人の影は完全に消えたのだ。漁師の姿を見たのは震災後初めてといってよい。私が海岸に出なかったこともあるけれど…。

  こんな全く人のいない所で、遺体を見つけたらどうしよう、そう思い、早々に引き上げた。人のいない海を歩くのは勇気がいる。

  震災前の夕方、人影のない海岸を散歩したことは何度もある。人影のない海岸、静かで気持ち良い。にぎわう港町風景とは違った風情があったからだ。

  しかし震災で廃虚と化した海岸は、今までの漁港とは全く違う。大きな声では言えないが、海の墓場を歩いている感じがしたからだ。

  この火事騒ぎで、漁師の人たちが、大勢海に出ていることを知って安心した。午前中は共同でがれき撤去。午後は自分の仕事をすることになっているという。海の男たちも本気で復旧復興に向け動き出したことは間違いない。
(山田町)

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