盛岡タイムス Web News 2012年 3月 2日 (金)

       

■ 〈大震災私記〉128 田村剛一 仮設住宅2

 4月に入ると、見慣れない大型のトラックが荷物を積んで、町のあちこちを走るようになってきた。車のナンバーや所有者の名前を見ると、県外、町外の車。仮設住宅の建設が本格的に始まったのだ。

  道路に出ていると、車を停めて運転手に聞かれる。「仮設住宅の建設現場は、この道を行けばよいですか」。

  実は、それだけでは困った。建設予定地は30カ所以上になるだろうということは、町の掲示板などを見て知っている。この車に聞かれるまでは、私は建設現場を一度も見ていない。歩いてすぐ行くところには建っていなかったからだ。

  「場所を聞いて来ませんでしたか?」と聞くと「学校近くと聞いて来ましたが」。それなら山田中学校の運動場。中学校の運動場とはなっているが、正式には町民グラウンドである。

  そこに、仮設住宅が建っていて、そこに、アルバイトで行っているという若者を知っていたからだ。

  山田がいかに土地が少ないかは、山田中学校にグラウンドがなく、町民グラウンドを中学生が使っていることでも分かる。中学校で独自のグラウンドを持たないのは、山田中学校ぐらいのものではないか。

  でも逆に、また良い面もある。設備のよい陸上競技場や野球場を、普段は部活で使用できるからだ。この町民グラウンドが校舎に接してあったから、中学校の運動部が盛んになり強くなったともいえる。

  ところが、今年はその陸上競技場が使えない。それに第2体育館も遺体収容所になっていて、しばらくは使えないだろう。今年の部活はどうなるのか心配だ。

  実は「山田中学校」に行く道を教えても、運転手にとっては難儀だ。旧山田を通り過ぎ、織笠地区に下る坂道に、山田高校、山田中学校の標識が立っている。

  ところが、その先にJRのガードレールがあってバスやトラックは、そこをくぐれなかったからだ。その旨を伝え、車を走らせてもらったが、果たしてすぐ行き着けたかどうか。

  町を歩いていても、人通りはほとんどない。従って、どうしても外に出ている私に声がかかる。「生コンに行く道はどこですか」。家の前に立っていて運転手にそう声をかけられた。

  これにも困った。確かに私の家の前を突き進むと、かつて生コン工場のあった場所にたどり着く。が、今、稼働している生コン工場はまったく方向が違う。地元の人たちは、この二つの工場を山田生コン(町印生コン)と不動生コンと使い分けているが、よその人たちはそうはいくまい。事を複雑にしているのは、どちらの生コン付近にも仮設住宅が建つ予定になっていたからだ。行く道を教えるたびに不安になることが、しばしばだった。
(山田町)


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