盛岡タイムス Web News 2012年 3月 3日 (土)

       

■ 〈大震災私記〉129 田村剛一 仮設住宅3

 仮設住宅の建設が進むにつれて、車の動き、人の動きが見えだしてきた。それまでは、人や車といえば、がれき撤去に携わる人や車、それに、ボランティアの人たち。言ってみれば、津波の後片付け。仮設住宅建設への動きは、復興に向けての動き。少しでも、未来に向けての動きのように感じた。

  それに、建設が進むにつれ、アルバイトでの雇用も増えてきたようだ。いつも、裏の家の後片付けを手伝っていた若者が、最近姿を見せなくなった。久しぶりに姿を現したので聞くと「アルバイトで仮設住宅の建設現場に行っている」という。仕事の中身は、家電の搬入とのこと。

  アルバイト手当を聞くと「一万なにがし」とのこと。山田では耳にしたことのない高額。「それなら十分な手間賃だな」と言うと「それが1週間に1回か2回しかないんです」。住宅建設が完了したところに、赤十字社からの家電、冷蔵庫、テレビ、洗濯機などを運び入れるアルバイトであった。連絡があって、それから建設現場に行くのだという。

  「手間がもらえて、被災者も助かるだろう」と言うと、私の期待しない言葉が返ってきた。

  「避難所に避難している人たちは、出てこないですよ」

  アルバイトをしている若者は、津波前までは、大沢漁協の臨時職員として附属工場で働いていた。その大沢漁協が被災し、直接の上司も亡くなり、それ以来、何の連絡もないという。この若者は、被災していない。

  「失業保険もないので働くしか食べる道がないんです」

  被災していないとなると、義援金も生活支援金もない。安くても、働かなければ生きていけないのだ。

  「被災者は、避難所から出てきませんよ」と聞いた時、家を失ったり、肉親を亡くした人たちは、ショックからまだ立ち直れないで、働く気も起こらなかったのだろう。それが長く続くと、町の復興にも強い影響が出てくるのではないかと思った。何といっても、人が動かなければ、町の復興もないからだ。

  それでも、建設の足音が聞こえてくるということは、明るい兆しが見えてきたこと。しかも、家が建つのだから、復興へ一歩前進していることになる。

  この仮設住宅、出来上がりの早いのにびっくりした。あっという間に、10戸20戸が完成していく。あれよあれよと思う間に、仮設団地が出来上がって行った。

  役場に行くと「4月28日から、応急仮設住宅の入居申し込みを受け付けます」という張り紙が張られていた。それを見て、仮設住宅に入る日も近いなと思った。

(山田町)


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