盛岡タイムス Web News 2012年 3月 3日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉252 岡澤敏男 塾長は宮沢賢治

 ■塾長は宮沢賢治先生

  松田甚次郎が「最上共働村塾」を営林署の古い小屋を借りて開塾したのは昭和7年8月のことで、愛弟子が師への誓いを着々果たしていくのを耳にして病床で文語詩三昧にあった賢治に希望を与えるものであったが、賢治はその翌年9月21日に逝去するのです。

  その没後3年の昭和11年11月21日、「雨ニモマケズ」詩碑が羅須地人協会の跡に建立されました。甚次郎は昭和13年11月14日、清六さんに伴われてその詩碑を詣で、「羅須地人協会たりし萓ぶきの先生の小屋はもう姿はなく、一目に北上川の清流が静かに旭光に輝いて流れて往く。何といふ淋しさ、十年ぶりで訪れた今日先生も居らない住居も見えない」と在りし日の賢治師をしのんで碑前に『土に叫ぶ』の報告をしながら合掌し「向後生涯末代迄先生の大教訓を遵守すること」を誓ったのでした。

  甚次郎は花巻から村に戻るとすぐに借家だった村塾を2階建て塾舎に新築するべく取り組み、昭和14年1月9日に完成しました。

  だれ言うとなく「土に叫ぶ館」と呼んだのです。この新塾舎は父の立木を買い受け、羽田書店、新国劇、その他有志の出資をもとに塾生や協力者の奉仕によって竣工したものだったが、甚次郎の不在中の4月25日に、塾生の残灰の不始末が原因で新築4カ月の「土に叫ぶ館」は炎上してしまったのです。

  灰燼(じん)の中から宮沢家より贈られた記念の印鑑が見つかったという。これには「なべての悩みを薪と燃やし/なべての心を心とせよ」と刻まれていました。

  甚次郎は「私共は此の先生の詩を体験したのである。塾舎は焼けたが断じて『塾』が焼けたのではない。机もなく、一冊の書籍もないところに真の輝きと重さとを現すことが出来る。宮沢先生が居られるではないか。心身を修練して、生命の糧を生産する農場は微動だにせぬではないか。明日からでも働ける。生活に、行事に何の変るところはない。大きな教えと導きとを授けてくれたのである」と語って落胆する塾生たちに再起を促したのです。

  塾舎の焼失は新聞ラジオで全国に報じられ、見舞いの客、電報、手紙が殺到し、諸先生、同志、朋輩、塾修了生、その他の支持者から激励が寄せられました。

  岩手の相去村、花巻賢治の会の青年たちや、地元や隣村の小学校や農学校の生徒たちが焼跡整理に続々と参集し、盛岡賢治の会は「塾再建後援会」を全国によびかけ、また山形賢治の会も同様の後援会を組織したという。

  宮沢家から激励の見舞金がとどき、盛岡高農の職員・在校生400名も「直ちに再建にとりかかれ」と多額の見舞金を贈るなど、全国二千余の人々から多くの再建資金がカンパされて、昭和14年12月3日に新塾舎が再建されたのです。

  このように山形県の一寒村の最上共働村塾が全国的に支持される背景には、大正末期から昭和初期に開設された公私立の「農村塾風の教育機関」(高山昭夫著『日本農業史』)が日本各地に54校も存在するなかで、最上共働村塾は他と比べ類例ない教育思想に貫かれているからなのでしょう。

  「小さな我が塾は私の他に教員は居らないのであるが、決してさうではないのである。塾長が居るのだ。塾長は不死の人物である。そして塾の修了生が故郷に在っても、戦地に在っても常に居るのである。その塾長とは、恩師宮沢賢治先生である」と思想的基盤を甚次郎は述べています。

 ■農村塾風教育の実践(抜粋)

   高山昭夫著『日本農業史』より

  国情が不安と画一的都会偏重の学校教育の行詰まりは、先覚者をしてあらたな領域の教育を行わせた。農村振興、農村更生の声高かった昭和初期、農民子弟に対する最も一般的な教育形態であった農学校、農業補修学校等に対しての批判として発展し普及したのが、以下紹介する特殊な農村教育機関、とくに塾風教育であった。真の人を養成するには断片的な知識教育ではだめであり、師が弟たる生徒と寝食を共にすることを通じ、生きた言葉を語り、全人間的な生活を共にすることを通じてのみその目的が達成されると考えられた。(中略)それは大きな組織となることもなく個人的な先覚者によってつくられ、中心となる指導者の個人的な信念、宗教等によってさまざまな形態をとったが、その共通する大きな特徴は塾風形態によることであった。すなわち師弟が二四時間生活を共にすることによって、人格的接触、師長の感化、生徒の全人間的教養の陶冶をなさんとするものである。その多くは神道、キリスト教、東洋哲学などを基本とした精神主義と、農本主義との結合によって形成された教育哲学に支えられていたが、設立者の個性が強く反映してさまざまのものがあった。


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