盛岡タイムス Web News 2012年 3月 5日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉61 照井顕 キム・デファンの音楽と微刻

 「銀河連邦サンリク共和国・建国コンサート」が開催されたのは1987年10月31日。所は現・大船渡市の岩手県気仙郡三陸町。出演は「韓国前衛邪頭三人組」。プロデュースは僕。その内容、息吸いながら吐くノンブレス奏法の宇宙ロケット的サキソフォン。炎、光、電波のごときトランペット。その推進力は不思議なポリリズムのドラム。それらはまるで地球に接近する巨大彗星を思わせる凄ジャズ。なかでも特に僕を引きつけたのは、ドラムの故・キムデファン(金大煥・当時57歳)がたたく1個のドラムから生まれ出る様々な音色でした。

  「カラオケのクラブ」以外では日本語の歌を歌うことが禁止されていた90年9月の韓国。歌手D嬢の付き人が交通事故に遭い、そのピンチヒッターとして、僕は初めてソウルに渡った。仕事から解放され、帰国する日に、キム・デファンさんがホテルまで来て、僕を彼の自宅へ招待した。

  途中、街角の交差点で立ち止まったら大勢の人が僕等を取り囲んだ。するとキムは、僕がアゴヒゲにつけていたトレードマークのリボンを指差し、値段を聞き「そんなに安くて注目される宣伝は他にないよ」と笑いながらジャズの店にも連れて行ってくれた。店主は日本の店で修行し勉強して来たと言う。

  彼の家では、超ビックリ!米一粒に300字の漢字を彫り、ギネスに載ったその実物を五個見せてくれた。一_角に何と30文字を彫れると言う。かつては、韓国グループサウンズ協会の初代会長を務め、あの歌手・チョウヨンピルやイイナミを育てた人でもあった。

  部屋には美しい漢字がビッシリ書かれた屏風がいくつも並び、机の上には十本の象牙印。その印に細かく刻まれた紋様を、ルーペで覗くと、それは何と般若心経の全文。判の依頼人は朴大統領。他、国会議員だと名刺を見せてくれた。彫る道具も自分で作り針先はタングステンだという。僕にも般若心経を彫った小さな象牙のお守りをプレゼントしてくれた。

  30年1日睡眠3時間。寝る前には暗闇の中でペン字を書く。朝起きて、材質の違う6本のスティックを指に挟んでの微音ドラム。書。彫刻。それぞれを1時間ずつ練習。そして運動。「誰もがお金になる微刻だけやればいいのにと言うが、僕が本当にしたいのは、音楽だから」と、言いながら見せてくれた両手。指の間の全部に大きなタコが出来ていて、まるでグローブのように見える手だった。
(開運橋のジョニー店主)



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