盛岡タイムス Web News 2012年 3月 7日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉277 伊藤幸子 震災命日

 あの道もあの角もなし閖上(ゆりあげ)一丁目あの窓もなしあの庭もなし
                                              斎藤梢
 
  「嗚呼(ああ)、三月十一日二時四十六分の前後で割れる普通の暮し」「閖上とふ美しき名の漁港なり ここから二キロが壊滅の報」宮城県名取市在住の斎藤梢さん。あの震災の日から1年たとうとしている。まさにあの時間を境として、生死を分け、暮らしの拠り所を失い、眼前に起きた惨事を信じがたいまま時を積み重ねてきた。

  この1年、全国でおびただしい震災詠が詠まれてきたが斎藤さんはこのほど「遠浅」と題した30首詠で、所属の短歌誌の第58回O先生賞を受賞された。折口信夫に因む伝統ある賞である。昭和35年弘前市生まれ、大学時代から作歌活動。福島出身のご主人と結婚、宮城県に住む。「三月十一日の夜、〈素直懸命に〉という木が次々と、心の中に立ちあらわれました。その言葉の木は今も、私を支えています」と語られる。

  「さへぎるものもなくて視線は海に入るどこに消えたかひとつ集落」あの日あの夜、私は携帯ラジオがつかなくて、ひと晩中庭に停めた車のラジオを聞いていた。大津波で陸前高田はカイメツと伝えるのを聞いた。漢字が思い浮かばなかった。一昼夜経て、電気、テレビがついた時の衝撃。

  「〈たくさんの死にん見ました〉作文の一行目から始まる記憶」「思ひ出すことに怯える子供らに怖かつたことを聞くのが治療」そうだろうなあと思う。ゲームや映像ではないあまりにもむごい現実にたじたじとなる。「あきらかなかなしみとして手が触れる耳の小さな喪章オニキス」黒い石のイヤリングを外すことなく過ぎる日々。「診察を待つひとびとの会話にもある〈流された〉その主語思ふ」本当に沿岸の人たちと話していると「流された」会話が多い。そのひとつひとつに物語も愛着もあるのだけれど、どれだけ汲んであげられるのだろうか、無傷の自分がうしろめたい。

  「福島産の西田敏行胸に手をあてて歌へば桃のやさしさ」春日八郎も、民謡の原田直之も福島生まれ。でも「ふるさとがフクシマと呼ばれゐる夏に夫は黙つて働きてをり」こうカタカナ表記されるようになって、チェルノブイリの恐怖と並んでしまった。「かなしみの遠浅をわれはゆくごとし十一日の度(たび)のつめたさ」作者自身一被災者として、より悲運の人々に寄せる思いが毎月11日のなぎさの冷たさと表現された。まだ寒い祥月命日がめぐってくる。
(八幡平市、歌人) 

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