盛岡タイムス Web News 2012年 3月 8日 (木)

       

■ 〈春又春の日記〉51 古水一雄 無題(通巻四十二冊)

 「通巻第四十二冊」は、明治42年2月15日から5月26日までの日記である。「日本俳句鈔」の記述がみえるのは4月16日の記述の中である。
     
  通巻第四十二冊 無題  
 
通巻第四十二冊 無題
 
 
   日本人50七(ママ)、碧氏ノ日本俳
   句鈔トイフヲ読ム
   日本俳句、春雨、雪解、共ニ落ツ、恥
   ヅルコトアリ、
   日本俳句抄第一集、俳句ニ於テ余ハ実
   ニ茲ニ出発セリ、(俳人春又春茲ニ生
   レタリ二重線にて抹消)第二集第三集、
   俳人春又春如何変化スルカ、
 
  俳誌「日本及び日本人」第50の七号に碧梧桐の「日本俳句鈔序」が掲載されていたようで、春又春はその序文に目通しをしたのである。同じく俳句欄を見ると残念ながら投稿した自分の句は春雨にも雪解にも採録されていない。つまり選外であったのだ。

  ところが唐突に日本俳句鈔第一集の話題へと展開する。なぜ“唐突”であるかというと、春又春は、すでに自分の俳句が「日本俳句鈔」に掲載されることを前提にして「俳句ニ於テ余ハ実ニ茲ニ出発セリ」と記しているからである。雑誌「日本及び日本人」の俳句欄を見ても特に秀作として特別に句を採り上げるような編集はされていない。また、手元の「日本俳句鈔第一集上巻」(明治42年5月4日発行)の序及び凡例にも掲載基準は示されてはいない。それに本の発行は5月に入ってからである。

  考えられるのは、発行者である碧梧桐から句の掲載について承諾の依頼があったのではないかということであるが、日記の記述をさかのぼってもそれらしい記述は見られなかった。春又春は、重要な内容の手紙については日記に書き写すのが常であり、もし掲載の依頼といった一大事であればそれを書き写さないはずはない。

  結局は何の手がかりも得ることはできなかったのであるが、5月15日に“日本俳句鈔余ノ余ガ句”として各季節と季語を挙げて採録された句数のみを列記している。なお、「日本俳句鈔第一集」は上巻と下巻の発行日が異なっていて、下巻は5月12日の発行であるが、春又春は上巻と下巻を同時に手にしたようで、採録数は上下巻を通したものとなっている。ただ、春の部の“日永”と“凧”は見落としたものと見えてカウントされていないのである。

  結局、春又春の句は上巻に21句、下巻に10句掲載されたことになる。ちなみに杜陵吟社の俳人中、内田秋皎は3句で星山月秋が1句であるから、春又春が群を抜いているといえる。
 
  句作では順風満帆の勢いであった春又春であったが、健康面では病魔がヒタヒタと全身を冒しつつあったのである。肺の痛みが始まったのは3月21日のことである。
 
   左胸側痛ミテ息ノ苦シキニ覚ム、モウ
   夜ガ明ケテ居タ診ヲ工藤医院ニ乞ヒ、
   粉薬ヲ与ヘラレ帰ル、終日恫然、夕能
   ク座スベカラズ、我レト我ガ頭ヲ叩ク、
     
  「日本俳句鈔第一集上巻」  
 
「日本俳句鈔第一集上巻」
 
 
   (三月三十日)
   朝発汗ニ覚ム、八時武蔵君ヲ停車場ニ
   送ル、午、櫓古人ヨリ一封アリ、数讀
   不飽、胸側鳴ル、愕(おどろ)イテ佐
   藤医院ニ走ル、乾性肋膜炎ナリト、夜、
   早寝、胸側ニからす(意:膏薬)ヲ貼
   ル、明方漸ク寝返リスルヲ得タリ

   (四月四日)
   午前、盛岡病院ニ診ヲ受ク、曰ク肋膜
   ニアラム云々
 
   (四月十一日))
   午前、盛岡病院ニ診ヲ受ク、胸側鳴ハ
   気管ノ故障ナラム云々、
 
   (四月十四)
   前一時頃カ電鈴に起ク、要領ヲ得ズ、
   切ル、胸側背ニカケ痛ム、暁方癒ユ、

   (四月二十日)
   春風雨、
   ユウベヨリ股筋釣リテ痛ム朝工藤医ノ
   診ヲ受ク、散薬、塗布薬貰ヒ帰ル、雨
   横ニそゝギテ袂裾皆濡ル
 
   (五月三日)
   夜中左胸下ノ劇(激)痛ニ覚ム、一微
   動ダニスベカラズ、叫喚(薬品名?)
   ヲ飲ンデ夜明ヲ侍ツ、夜明ケ難シ、口
   中乾キテ火ノ如シ、漸ク明ケテ水を呼
   ブ、一杯ノ水、身ノ劇痛ヲ忘ル、
   終日右臥一輾セズ
   佐藤医来診、肋膜炎ノ下地ナリ云々、
   からすヲ貼リ水薬ヲ飲ム
   夜寝ネズ、口乾キテ堪エ難ク、湯、茶、
   葡酒、まるめろナド、暫クモ口措くカ  ズ
 
   (五月四日)
   川上学士来診、肋膜ヲ通リテ肺尖ニ行
   ク兆候見ユ云々昨今食セズ、只飲ム熱
   四十度二分ニ上ル、夜寝ネズ
 
   (五月五日)
   終日只仰臥ス
   夜寝ネズ、天井ノ百面相、枕頭のヴァ  ィオリン、鴨居ノ鼡、関ヶ原ノ戦争ノ  景ナド観ル
   母ヲシテ非常ニ心労セシム
 
  左肺の痛みのために寝返りができない。体温も40度を超えていて夜眠れない日が続く。熱にうかされて幻想・幻聴までも生じる始末である。前年10月10日に吐血した後、医者にうがいを勧められていながら怠ってきた結果、肋膜炎あるいは肺尖カタルの前兆となる病に進行してしまった模様である。この症状は5月12日まで続き、13日になってやっと布団の上で上体を起こすことができるようになったのであった。小康を得て店に出たのは翌月に入ってからである。
 

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