盛岡タイムス Web News 2012年 3月 11日 (日)

       

■ 大震災から1年 課題は山積、復興への決意を

 東日本大震災津波から、きょうで1年を迎えた。死者・行方不明者は約2万人。本県でも約6千人が犠牲となった。きのうまで一緒に笑っていた家族、友人|。かけがえのないものを失った悲しみ、苦しみは簡単には癒えない。沿岸被災地では1年経った現在も、荒涼とした更地が広がり、津波でゆがんだ鉄骨がむき出しになったまま放置されている建物も目に付く。がれき処理も進んでおらず、課題は山積みだ。しかし、仮設の店舗や工場が建設され、海には養殖いかだも並ぶようになった。復興の鎚音も聞こえ始めている。人々が安全に、生き生きと暮らせる古里を目指し、前進し続けなければならない。(2、3、9、10面に関連記事、別刷りで6n特集紙面)

 盛岡広域市町村では、この1年、沿岸被災地へのボランティア派遣など復興を後方から支える活動が繰り広げられた。いち早く民間のボランティア団体が支援に乗り出し、それぞれの特色を生かした活動を展開。市民の力が改めて問われた。

  盛岡市も、内陸部に避難した被災者を支えるための「もりおか復興支援センター」やボランティア拠点「かわいキャンプ」(宮古市川井)を開設。他の市町村も社会福祉協議会などが中心となって支援活動を展開している。

  教育現場も、内陸の学校と沿岸被災地の学校とを復興支援のための姉妹校とし、募金や部活動交流など互いの顔が見える支援活動に取り組んだ。

  被災者支援活動は支援物資の供給から、心のケアや生活再建に向けた取り組みに移りつつある。仮設住宅団地の集会所でのサロンをはじめ、被災者が拾ったクルミを買い取り商品化して現金収入に結び付ける活動や、芸術家の力で被災した子どもの心を励ます活動、浸水した沿岸住宅地の避難路設置をサポートする活動など多方面から被災者を支える努力が続く。

  ばらばらに活動してきた支援団体がネットワークを組み、課題を共有する「もりおか復興支援ネットワーク」や、市民や商店が草の根的につながり、被災者に寄り添う市民運動「モーリオの空」も生まれた。家に閉じこもったまま、立ち上がれずにいる被災者も多く、息の長い取り組みが必要だ。

  沿岸被災地では、浸水地域から高台への集団移転、災害復興公営住宅の建設など本格的な復興のまちづくりがようやく動き出した。復興事業に充てる国の復興交付金の第1次交付額は2日、通知され、本県は957億円の事業が認められた。防潮堤や道路網といったハード面の整備はもちろん、住民の相互扶助による避難態勢などソフト面も含め、震災津波に強い新しいまちづくりを目指さなければならない。

  リアス式海岸で細分化された沿岸被災地は、コミュニティーのあり方や産業形態も場所によって異なる。被災した漁港だけでも大小108カ所あり、その復興は容易ではない。沿岸被災地では震災前から高齢化が進み、「限界集落」と言われるところも少なくなかった。人が生き生きと暮らす地域をどのように形作るか。地場産業の育成はもちろん、医療、介護など個々の地域にふさわしい、総合的な視点に立ったまちづくりが求められている。被災者にとっては仮設ではなく、腰を落ち着かせて住める家と暮らしを支える安定した収入の確保が差し迫った課題だ。

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